発掘された日本列島2025 2025.07.06sasebo
発掘された日本列島2025展佐世保市会場 1 常設展
福井洞窟ミュージアム
所在地: 長崎県佐世保市吉井町立石473
電話番号:0956-64-3830 月休 撮影可 9:00~17:00
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交通 |
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JR佐世保駅前②バス乗り場から吉井経由バス1日多数 約1時間
JR佐世保駅構内から松浦鉄道で吉井駅下車 |
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近隣観光地 |
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ハウステンボス 長崎市 五島列島 など多数 |
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近隣博物館 |
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島瀬美術センター他多数、泉福寺洞窟、福井洞窟他多数の遺跡 |
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はじめに
これまで、九州島を南九州と中・北部九州とに分けて、取材してきましたが、長崎県だけは取材対象外でした。
それは、壱岐島での「発掘された日本列島展の際に長崎県の博物館・資料館は全て撮影禁止です。と云われたからでした。
しかし、一昨年の対馬での発掘された日本列島展では全館撮影可でしたし今回も島瀬美術センター、福井洞窟ミュージアム共に撮影可でした。
つまり、壱岐一支国博物館で聞いた話は誤謬でした。確かに壱岐・対馬の小資料館は撮禁ですが、県内全てが撮禁ではありませんでした。ただし、壱岐島の一支刻博物館は撮禁です。
これによって、
これまでわからなかった、西からの細石刃技術や、古い洞窟群から出土した初期土製品の全容がわかるのではないかと期待して訪れました。
しかし、それにしても、撮影禁止の壱岐島での「発掘された日本列島展2018」に、交通が難しいことで参加しなかったことを悔んでいます。
編集後に
さらに私は、福井洞窟が6m、14層もの深さに埋まって行った原因を、長野県北相木村洞窟同様に、全て落盤と1回の山崩れが原因と考えて
書いてきましたが、どうやらそうではなく、洞窟前を流れていた福井川がたびたび増水し、土石や河砂が流入していたことも原因の一つと、
文字編集が終わってから気が付きました。一度は修正しようと思いましたが、膨大な文字量と、目の悪化のため、あきらめることにしました。
読者の皆様方において、考慮してご覧ください。 |
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掲載にあたって 2026.02.24
佐世保市福井洞窟ミュージアムの展示は、「常設展示」と「発掘された日本列島2025地域展」の二部構成となっています。
編集にあたって、当初は「常設展」+「発掘列島地域展」で構成していましたが、あまりにも量が多すぎて、特に地域展の目次も書けなければ、
そもそもの地域展がかすんでしまいました。
そのため、急遽、二つを分けて掲載することにしました。「福井洞窟ミュージアム常設展」と「発掘された日本列島2025佐世保会場地域展」です。
どうか誤解のなきようお願い申し上げます。
ただし、「発掘された日本列島2025」では、「福井洞窟ミュージアム」の常設展そのものも地域展として、更に特別に地域展示を加えています。
従って、このページの「福井洞窟ミュージアム1常設展」も「同2地域展も」併せて「発掘列島展佐世保会場の地域展になっています。
このように大きな地域展は、岡山会場で行なわれた2015年以来です。大変素晴らしいことでした。 |
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目次
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01外観
10入口展示
11ようこそ
福井洞窟ミュージアムへ
12史跡 福井洞窟
20シンボル展示
30洞窟構造
40土層展示
100通史展示
101福井洞窟の時代
110
01福井洞窟の始まり
111福井洞窟の始まり
112第15,14層遺物
113西北九州の旧石器遺跡
114石器
116模型ナイフ
115ナイフ形石器
117福井洞窟剥ぎ取り土層
119洞窟遺跡 |
200
02洞窟でのくらし13,12層
202細石刃文化の始まり
210発掘調査の状況
211炉跡
213細石刃文化の始まり
215細石刃核
217細石刃と石器
220剥ぎ取り土層
230コラム展示➀
石器を使った痕跡を探る
240実験で使用痕跡を知る
300
03洞窟と災害 11,10層
310浸水と崩落
320地すべり災害
330災害後の福井洞窟 |
400
04謎めいた石器 9,7層
401細石刃文化が消滅
※考察 文化の断絶
420小石刃核
430炉跡を掘る
431火を焚く旧石器人
433石器
434チョウセンゴヨウの実
440土層剥取資料7-9層
450コラム展示②
石器の材料
451西九州の黒曜石
455黒曜石の埋納遺構
500
05狩猟採集民のくらし第4層
510狩猟と採集
520細石刃と石核
530多量の掻器 |
600
06土器の出現2-3層
605定住のきざし
610縄文を科学する
618爪形文土器
630弓矢の登場
640細石刃核
660土層剥ぎ取り2-3層
670コラム展示③
小さな遺物からわかること
700
07広がる生活空間 第1層
703安山岩と福井洞窟
705尖頭器
708押型文土器 |
800エピローグ
洞窟遺跡
日本一の町佐世保
810佐世保の洞窟遺跡
830掻器・礫器・有溝砥石
840洞窟遺跡の研究史
843直谷岩陰の石器
845狩猟具・伐採具・装身具
1000 発掘された日本列島
2025地域展 |
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01外観
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※佐世保地域に洞窟が多い理由
佐世保地域には、もろい砂岩層が発達し、浸食によって奇岩を形成したり、崖や岩陰、洞窟を形成したりするようです。
AI による概要
佐世保地域には砂岩層が広く分布しています。特に、長尾半島にある地層 boken.nagasaki.jp は、
中新世前期(約2,300万年前~1,700万年前)に形成された砂岩層「佐世保層群の相浦層の尼潟亜層の牽牛崎砂岩層」として知られています。
この砂岩層は、波や風によって削られ、芸術的な景観を作り出しています。
詳細:
佐世保層群:佐世保地域一帯に分布する砂岩層の総称です。
相浦層:佐世保層群のなかでも特に重要な層 boken.nagasaki.jp で、砂岩を主体とし、炭層や珪藻土層を挟むこともあります。
牽牛崎砂岩層:相浦層の一部で、長尾半島の砂岩層として知られています。
形成年代:中新世前期(約2300万年前から500万年前)。
特徴:波や風による浸食で、独特な景観を作り出している。
場所:長尾半島(西海国立公園内 boken.nagasaki.jp)。
その他:佐世保市内には、この砂岩層が分布する場所が他にもあります。
佐世保の砂岩層は、地質学的にも景観的にも興味深い場所です。長尾半島では、遊歩道を散策しながら、砂岩の造形美を楽しむことができます。
※もろい洞窟や岩陰は崩れやすく、崩落や落盤が起きやすく、そのため、各洞窟では地層が積もっているわけですが、
地層から出土するのは石器ばかりですが、当然、人や生活用の有機物も埋もれたはずですが、一万年の時によって全て消滅しています。
※崩落
長野県北相木村の洞窟は洞窟内の天井が崩落していきました。佐世保の砂岩洞窟は、入口の天井ごと崩落し、つまり、
崩落するたびに入口も、天井も、洞窟の奥壁も崩落し、そのたびごとに洞窟自体が山体の崖面から奥へ上へと後退し、洞内が埋まった分、
上へ奥へと登り、奥へ広がっていったと考えられます。 |

引用googlemap |

引用googlemap |
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福井洞窟特別史跡決定 |
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10入口展示
展示室入り口 |
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館内配置図 |
Ⅰシンボル展示 ➀洞窟の時代は、福井洞窟の再現展示です。
Ⅱ通史展示 ➀~エピローグ(紫色)は常設展示
Ⅲテーマ展示 ➀~④は、発掘列島の地域展示のため変更されています。
※従って列島展終了後に再度訪れてⅢテーマ展示を見に来る価値あり。 |
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11
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ようこそ
福井洞窟ミュージアムへ
福井洞窟は玄界灘を前面に捉えた佐世保市に位置する。
古来、大陸との文化往来の玄関口である。
いまから 19,000年前、旧石器人はこの洞窟を見つけ出し、住み着いた。 ユーラシア大陸では、ホモ・サピエンス (現生人類)が人類史上の「知のビッグバン」 を象徴する洞窟壁画やヴィーナス像を制作していたころである。
時とともに洞窟の壁や天井の崩落あるいは氾濫した水が流れ込み、その合間を縫って居住し続けた人々は炉を囲んで仲間との絆を 強めながら、やがて日本列島における最初にして最大級の大事件を経験した。
世界に先駆けて土器を制作し、使用しはじめたのである。
まさに、福井洞窟こそは、 縄文革命=定住革命の正真正銘の現場・舞台として世界的に重要な意義を示すものなのである。
2021年4月
Welcome to Fukui Cave Museum
It's a place which, from ancient times, has been a port of entry for cultural exchange with the continent.
19,000 years ago, Palaeolithic humans came across this cave and began to live there. This was the time when, on the Eurasian continent, Homo sapiens (modern humans) began to produce the cave paintings and 'Venus' figurines symbolising the 'cognitive revolution'.
Over time, there were rockfalls from the cave walls and ceiling, and floods in which water entered the cave, but people continued using the cave in the intervals between these events, sitting around the fire and building bonds with members of their group. Soon they experienced the first major revolution in the Japanese islands. Ahead of anywhere else in the world, pottery began to be made and used.
As the true stage for the Jomon revolution (or sedentary revolution), Fukui cave is an archaeological site with a global significance.
April 2021
福井洞窟博物館へようこそ
ここは、古代より大陸との文化交流の窓口となってきた場所です。
1万9000年前、旧石器時代の人々がこの洞窟に辿り着き、居住を始めました。ユーラシア大陸では、ホモ・サピエンス(現生人類)が「認知革命」を象徴する洞窟壁画や「ビーナス像」を制作し始めたのもこの頃です。
時が経つにつれ、洞窟の壁や天井からの落石や、洞窟内に水が浸入する洪水など、様々な出来事がありましたが、人々はそれらの合間にも洞窟を使い続け、火を囲み、集団の仲間と絆を深めました。そして、日本列島における最初の大きな革命を経験することとなりました。世界に先駆けて、土器が作られ、使用されるようになったのです。
縄文革命(定住革命)の真の舞台となった福井洞窟は、世界的に重要な考古学的遺跡です。
2021年4月
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ようこそ
福井洞窟ミュージアム

上に記述 |
※福井洞窟は砂岩洞窟で、
19,000~10,000前まで、16層の土石の堆積があり、各層に7期の文化層が閉じ込められていました。
発掘は、縦横1畳程の広さを掘り進んだようで、深さ6mで岩盤に達しています。
洞内は天井からの崩落や、洞窟上部の山崩れなどで埋まって行きました。
穴居人の住んでいた洞窟が崩落したのに更に住み続けることは恐ろしくてできないため、
崩落後落盤を知らない別の集団が住み着いたと考えるべきかと思います。
また、人骨は出土しておらず、酸性土壌で溶けてしまったのか、と思われます。 |
のぞき穴
三つの覗き穴 |
プロジェクター映像 |
最底部
河川侵食で洞窟形成
川原石が堆積していた
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最上部
1万年前の堆積土層の上に信仰対象建築物
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山体崩壊による巨石の流入・崩落 |
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12史跡 福井洞窟
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福井洞窟で生きた人々の暮らしぶりを読み解くことで、旧石器文化から縄文文化へと移り変わる、 壮絶な時代を生き抜いた人類の歴史が見えてくる。 |
福井洞窟の位置
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福井洞窟の位置
福井洞窟は長崎県北部の山々から流れる福井川の浸食によりできた砂岩洞窟である。
ここ福井洞窟ミュージアムから福井川に沿って約4km上った場所にある。
Location of Fukui Cave
Fukui Cave is a sandstone cave created by the erosion of the Fukui River that flows from
the mountains in northern Nagasaki
Prefecture. It is located 4 km up along the Fukui River from the Fukui Cave Museum. |
福井洞窟の現状
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福井洞窟の周辺 |
福井洞窟の現状
洞窟の入口は南に向いて日当たりが良く、目の前に流れる福井川で安山岩がとれる好立地にある。 間口16.4m、奥行5.5m、庇高4m、堆積6mの大きさを誇る。
※体積ではなく、堆積6mは積もった土層の深さを言ってるようだ。
Current Status of Fukui Cave
The entrance to the cave faces south and receives sunlight. The Fukui River that flows in front is a good place to get andesite. The cave boasts a frontage of 16.4m, a depth of 5.5m, a height at the eaves of 4m, and 6m of accumulated sediment. |
福井洞窟の価値 |
稲荷神社  |
福井洞窟の価値
旧石器時代から縄文時代にかけての細かな生活の痕跡が見つかり、その時代の移り変わる様子が明らかとなったことで、昭和53(1978)年、 国指定の史跡となった。
The Value of Fukui Cave
The cave became a nationally designated historic site in 1978 when detailed traces of life from the Paleolithic to the Jomon periods were found and it became clear that the site helps us understand the transition between the two periods. |
洞窟内の発掘範囲と深さ
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史跡 福井洞窟
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史跡 福井洞窟
福井洞窟で生きた人々の暮らしぶりを読み解くことで、旧石器文化から縄文文化へと移り変わる、 壮絶な時代を生き抜いた人類の歴史が見えてくる。
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20シンボル展示
ここでは洞窟内の解説音声が流れます。
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| 30洞窟構造
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33
山崩れによる巨石の流入 |
福井川の流れる風景 |
河川流入による侵食と川原石の堆積 |
発掘面の幅と深さ
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底面からの風景
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土層
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発掘面からの再現風景 |
土層写真 |
左右は土層写真
中央は剥ぎ取り土層
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剥ぎ取り土層
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土層写真
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土層の下方がないのは、岩盤になっているからです。 |
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40土層展示
剥ぎ取り土層展示
19,000-10,000年前 |
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天井と社を仰ぐ |
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100通史展示
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101福井洞窟の時代
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そもそも日本列島に人類が進出したのは約40,000年前の旧石器時代。
寒冷な氷河期を生きた旧石器人は、オオツノジカなどの大型獲物を求め遊動生活を送っていた。
続く縄文時代は約16,000年前にはじまる。寒くなったり暖かくなったりをくり返しながら、だんだんと温暖化に向かっていくが、安定した温暖期に至るまでの気候の変化は「予測できない過酷な環境だった」 と言われている。
そうした中、人類が生み出した道具とは何だったのか。
人類の叡智が蓄積されたこの時代。 福井洞窟で生きた人々の痕跡を読み解くことで、旧石器時代から縄文時代へ移り変わる、この壮絶な変動期を生き抜いた人類の歴史が見えてくる。 |
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110 01福井洞窟の始まり 第15・14層 19,000年前~
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111福井洞窟の始まり
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旧石器時代に福井洞窟をはじめて訪れた人々は、現在よりずいぶん大きい洞窟の大きさを見て驚いたに違いない。
初期の居住者たちは、 目の前の河原で拾える安山岩を使って大形の石器を作っていた。
昭和39(1964)年に発掘された両面加工石器は象徴的であり、当時の対象動物の大きさを物語るものと想像される。 |
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01福井洞窟の始まり |
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洞窟前に福井川が流れていた。 |

岩盤の上に16層が崩落していた。 |

このあと15・14層が崩落する中に生活面が封じられる。当時の入口も崩落して次第に高くなり、後ろに後退して6mの高さに堆積した。 |
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112第15・14層遺物
第15・14層遺物 |
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剥片・石核
第1トレンチ14・15層出土
19,000年前
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剥片 |
石核 |
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両面加工石器は大形獣を解体加工するための道具だ。
細かな加工で、切れ味バツグン。
※つまり、19,000年前には大型獣が狩猟対象だった。大型獣がいた自然環境だった。まだ氷河期である。 |
両面加工石器 |
両面加工石器
第2トレンチ15層出土 |
両面加工石器
第2トレンチ15層出土
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両面加工石器 |
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113西北九州の旧石器遺跡
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西北九州は旧石器時代の遺跡がたくさん!
旧石器時代(約40,000年前~16,000年前)の海岸線は、最も寒い時には、 現在よりも120mほど低い場所にあった。
当時は氷期に当たり、現在より寒冷な気候だった。山々には草原が広がり、 湿地となった窪地にナイフ形石器文化期の遺跡が多くある。
台地の先端には岩陰や洞窟遺跡が河川に沿うように見つかっている。 |
西北九州の旧石器遺跡 |
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西北九州の旧石器時代遺跡 |
旧石器時代の日本列島 |
旧石器時代の西北九州 |
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114石器
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ナイフ形石器 |
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ナイフ形石器・台形石器・彫器・石核
牟田原遺跡
3~2万年前

両面加工石器
十郎原遺跡
3~2万年前 |
ナイフ形石器・台形石器・彫器・石核 |
ナイフ形石器
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台形石器 |
彫器・両面加工石器 |
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石核 |
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115ナイフ形石器
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ナイフ形石器 |
ナイフ形石器
板山遺跡
(佐世保市世知原)
3~2万年前
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ナイフ形石器
直谷岩陰 3層
3~2万年前
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ナウマンゾウ牙
瀬戸内海 諸島水道
中期~後期旧石器時代
3~2万年前
佐賀県立博物館
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116模型ナイフ
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現代の石器作りの匠が作った、多久の石器。現代人もなかなかの技術だ。 |
ナイフ
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模型(剥片石器を用いて作ったナイフ)
岩永雅彦氏寄贈 |

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117福井洞窟剥ぎ取り土層 12~16層
福井洞窟剥ぎ取り地層 12~16層 |
赤い石は炉跡18,000前
板の形の岩が崩落
この高さにも炉跡19,000前
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ぽつぽと石器を発見
河砂や礫が同じ高さに溜まる河川堆積の証拠
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黒い灰のような亜炭
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岩盤(洞窟の底)
地表面から-5.5m

14・15層剥取資料
福井洞窟19,000年前 |
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| 119洞窟遺跡
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200 02洞窟でのくらし 13・12層 19,000~17,700年前
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201洞窟での暮らし
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福井洞窟で長らく暮らした人々は炉や石敷とともに、多様な石器を作っている。
砂岩洞窟の中央で火に薪をくべながら、洞窟の奥側では黒曜石から細石刃の組み 合わせ道具を作っている人々のシルエットが浮かび 上がってくる。火の周りでは、食事もしていたことだろう。
石錐や皮なめしの石器から当時の毛皮の衣服、炉や石敷から洞窟での暮らしぶりが垣間見える。 |
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202細石刃文化の始まり
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ここが細石刃文化の始まり!
組合せ道具によって 刃を大きくすること が出来るとはこれまでにない発想だ。 |
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細石刃文化の始まり |
細石刃・細石刃核
福井第1トレンチ13層
19,000年前
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細石刃 |
細石刃核 |
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尖頭状石器・スクレイパー
福井第1トレンチ13層
19,000年前 |
左:尖頭状石器
右:スクレイパー
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| 210発掘調査の状況 |
211
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浮かび上がる洞窟での暮らし
<炉跡>
大きさは長さ60cm、 幅52.4cm。 日あたりの良い 洞窟中央で発見。 土や石が赤く焼け残っており、 焼けた石は約300°C以上の熱を受けていた。
炉の奥側では石器製作の跡が見つかっている。 |
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発掘調査の状況 |
浮かび上がる洞窟での暮らし<炉跡>
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炉跡 |
炉跡 約17,700年前(12層)
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炉跡 約17,700年前(12層) |
炉跡の発掘作業 |
炉跡の発掘作業 |
第12層 |
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<石敷>
大きさは長さ1.6m、幅2m以上。 洞窟の出入り口、 岩びさしの下あたりで発見。
角ばった玄武岩の平らな面を上にした状態で見つかっている。
おそらく、雨水や土砂のぬかるみなどを防止するフローリングのような役割と考えられる。 |
石敷 |
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石敷 第13層 |
第1調査区 |
石敷発掘作業 |
石敷 約19,000年前
13層 |
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213細石刃文化の始まり
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石器を組み合わせて
より大きな道具を作った
細石刃文化は、九州では約19,000年前にはじまる。 細石刃を保有する集団は日本海を回るようにして東アジアから日本列島一円に広く分布する。
細石刃とはカミソリの刃のような形をした幅5~8mmほどの小さな石器である。
シベリアでは、トナカイなどの骨で作った槍先の刃として使われた。
刃が欠けると付け替えがきく。
刃を増やすことでほかの石器よりも大きな狩猟具ができる。
鹿の角を素材とした槍先などに石の刃を埋め込んだ道具を 「植刃器」と呼ぶ。
シベリアの遺跡では、この植刃器が野牛の肩甲骨にささった状態で出土している。
細石刃を埋め込んだ槍は、 突き槍や 手投げの槍などの狩猟の道具として利用していたと考えられる。 |
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細石刃を埋め込んだ槍は、 突き槍や 手投げの槍などの狩猟の道具として利用していたと考えられる。 |
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215細石刃核
細石刃核(接合資料)
福井第1トレンチ12層
18,000年前
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細石刃核(接合資料)
福井第1トレンチ12層
18,000年前
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217細石刃と石器
細石刃・スクレイパー・石錐
福井第1トレンチ12層
18,000年前
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細石刃 |
スクレイパー・石錐 |
台石・礫器
福井第1トレンチ12層
18,000年前 |
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礫器、台石 |
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220剥ぎ取り土層
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12・13層

・砂層が上からの落石により飛び散って薄くなっている。
・石敷の礫が水平においてある。 上からの落石で押されている。 |
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14層

| ・川砂利の石と風化した砂岩。川によって運ばれた土砂と、洞窟から剥がれ落ちた岩が認められる。 |
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15・16層

・洞窟の中の最初の地層。
丸い礫は川から砂等が洞窟の中に流れてきた証。 |
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12-15層
北壁土層
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12層
13層
14層
15層
16層
岩盤
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-砂層が上からの落石により飛び散って薄くなっている。
-石敷の礫が水平においてある。 上からの落石で押されている。
-川砂利の石と風化した砂岩。川によって運ばれた土砂と、洞窟から剥がれ落ちた岩が認められる。
- 洞窟の中の最初の地層。丸い礫は川から砂等が洞窟の中に流れてきた証。 |
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230コラム展示➀
石器を使った痕跡を探る
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石器のキズから
細石刃の使い方が分かる!
細石刃の表面を顕微鏡で拡大してみると小さなキズが見える。上の写真は、 細石刃のキズ。 刃の部分に沿って平行に、 線状のキズが複数本走っているのが分かる(写真左)。
このキズを「線状痕」と呼ぶ。
線状痕は、ある程度硬いものを切ったり削ったりするとできる。 これが刃の部分だけに見られ、 この部分だけが物体にあたっていることが分かる。さらに、線状痕であることで、細石刃が側辺に平行してはめ込まれた植刃器として使われた可能性が高い。
日本の遺跡では、ほとんど骨や角が残らない。そのため、どのように使われたかは分からないことが多い。しかし、その使用方法を探る手がかりがこの 「キズ」である。 |
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左:刃器切削方向に対して正面
縦に線状のキズ
右:切削方向に対して裏側
刃こぼれした細石刃 |
石器のキズから細石刃の使い方が分かる |
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細石刃の残るマンモスの脊椎骨
ルゴスコ(ロシア)
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240石器を使った痕跡
石器に残るキズと石器の使用実験から石器の使い方を探る
石器を使った痕跡
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方法:実験で使った石器と実物の石器を見比べて、当時の使い方を探る。
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刺突実験による使用の事例
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先端・分割剥離
実験前 実験後
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先端剥離
実験前 実験後
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他にも色々な割れ方をする
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皮なめし実験による使用の事例 |
使っていない石器の状態
頁岩 |
乾燥した状態の皮を鞣した場合➀
黒曜石 |
線状痕、ポリッシュ
黒曜石 |
乾燥した状態の皮を鞣した場合(拡大)

頁岩 |
乾燥した状態の皮を鞣した場合(拡大)
線状痕

頁岩 |
水漬け下木(黒檀)を切った場合 |
鹿角を削った実験による使用の事例 |
水漬けした鹿角を削った場合➀
頁岩 |
水漬けした鹿角を削った場合➀

頁岩 |
水漬けした鹿角を削った場合②
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水漬けした鹿角を削った場合②
線状痕
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水漬けした植物
(ヨシ)を切った場合
頁岩 |
水漬けした植物
(ヨシ)を切った場合

線状痕 ポリッシュ |
水漬けした木
(黒檀)を切った場合

頁岩 |
水漬けした木
(黒檀)を切った場合

頁岩 ポリッシュ |
このように石器に残った傷を観ることで石器の使い方がわかります。
顕微鏡で観察してみよう |
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250
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300 03洞窟と災害 11層・10層 17,700年前
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310
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現在の福井洞窟の地面から2mぐらいの深さには、3m近い砂岩の落石がいくつも見つかっている。
17,000年前ごろの地層 (10・11層) からは、遺物がなくなる。
つまり、落石などにより洞窟の地形が一変し、生活することができなくなったのだ。 |
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320福井洞窟で起こった地すべり災害
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約17,700年前に地すべりが発生した
福井洞窟には厚い堆積物がみられるが、その多くは落石によるものである。
また、 洞窟の上流部 (北側) で約17,700年前に地すべりが発生し、その岩の塊が洞窟の中に流れ込んできた。
現地の西岩陰には上下2段の洞穴地形があるが、地すべりにより西岩陰の台地が動いて沈んだため、 福井洞窟よりも低いところに洞穴地形が残っていると考えられている。 |
福井洞窟で起こった地すべり災害
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地滑り土砂の流入と
地滑り |
地滑り土砂の流入
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地滑り面の沈下 |
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330災害後の福井洞窟
福井洞窟で発生した地滑りの模型 17,700年前
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スマートホンのカメラを覗くと、当時の人達の目線で洞窟が見える。 想像を越える災害だったみたいだ。 |
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400 04謎めいた石器 17,700~16,600年前 9~7層
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401
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17,000年前ごろの旧石器時代の日本では、 どの地域においても細石刃を主な道具として使う。 ところが、この地層からは細石刃が見つからない。 上下の地層から出土した細石刃とは全く異なる技術の石器である。
これは、集団の違いを示すのか、別の石器文化が存在するのか・・・謎めいた石器である。 |
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謎めいた石器 |
9~7層 17,700~16,600年前
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考第六六六号
重要文化財指定書
長崎県福井洞窟出土品
一、土器片 十八点
一、石器 二百六十九点
附 剝片·削片·砕片 三百四十三点
法量、品質形状等別添目錄の通り
右を重要文化財に指定する
令和二年九月三十日
文部科学大臣萩生田 光一 |
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410細石刃が見つからない
天井の落盤と、地滑り土砂の流入の災害が起こった時代。この時代に起こった突然の異変。
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細石刃の文化が途絶えていた?
7~9層で見つかった石器は、いびつな形の短い剥片が多い。 一般に、 細石刃は鹿の角などを細石刃核に押し当てて剥ぎ取る。
それ以前のナイフ形石器は骨や石などの柔らかいハンマーで黒曜石から石刃を剥ぎ取る。 この石器はナイフ形石器に近い技術である。
先祖返りでもしたような不思議な石器である。 |
細石刃が見つからない |
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細石刃の文化が途絶えていた?
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(38,000)ナイフ形石器文化→(19,000)細石刃文化→(15,000)縄文文化(2,300)
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12層
細石刃石器
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9~7層
(落盤と土砂流入時代)
小石刃器
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4~2層
細石刃文化
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※考察 文化の断絶
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12層から2層までの19,000~10,000までは細石刃文化の時代。だが、途中の9層~7層の土砂災害の時代(17,300~17,000年前)には、
細石刃文化が断絶し、石器技術の未発達な石器が使われていた。まるで、高度な石器技術である細石刃文化を担う成人が全て死に絶え、
伝統文化を引き継げなかった子供達だけが生き残り、他の集団との交流もなく、約1,000年もの間孤立無援で近親交配を繰り返して、
文化の発展も技術の成長もなかった。 という事態だったのだろうか。
また、こんな石器で狩猟できたのだろうか。
それとも、洞窟の前を流れる福井川に遡上する魚を魚道を作って追い込んで、干物にして食べていたのだろうか。 |
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420小石刃核
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小石刃核
福井第1トレンチ7-9層
17,300~17,00年間
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小石刃核(接合資料)
福井第1トレンチ7-9層
17,300~17,00年間 |
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小石刃
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小石刃は直接ハンマーで石器を剥ぐ技法で、押し当てて剥がなくても作れる。ただ、形はよくない。 |
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小石刃・彫器
福井第1トレンチ7-9層
17,300~17,00年間 |
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小石刃・彫器 |
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430炉跡を掘る
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431
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火を焚く旧石器人
福井洞窟~9層の地層からは17,000年前ごろの炉の跡が2カ所発見されている。
洞窟の中心部分で日当たりの良い乾燥した場所を選んでいたようだ。 |
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炉は平らな地面から赤く焼けた土が染み出しており地床炉であることが分かる。
炉と同じ高さに安山岩の横長剥片が集中して出土しており、この高さが当時の地面として利用されていたことの証拠である。 |
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炉跡を横 (断面)から見た状態。 炉と同じ高さに黒曜石(小石刃) が集中して出土しており、
火を焚きながら石器を作っていたことが分かる。 |
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433石器
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スクレイパー・剥片・石核
福井第1・2トレンチ
7-9層
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スクレイパー |
剥片 |
石核 |
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434チョウセンゴヨウの実
旧石器時代からの食べ物(松の実)。
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土の中の花粉からマツが見つかった。このチョウセンゴヨウの実は食べることができる貴重品。
※松の実は全て可食です。
※チョウセンゴヨウの国内分布
日本では本州中部(福島県以南から岐阜県まで)と四国の一部(愛媛県の東赤石山)に隔離分布しています。
※1889年にドイツの植物学者ハインリッヒ・マイル氏が群馬県で発見するまでは、朝鮮半島に固有のマツと考えられていたため、チョウセンゴヨウと呼ばれる |
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440土層剥取資料7-9層
土層剥取資料7-9層
17,700-16,500年
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4層 砂の堆積
砂の中から黒曜石が見つかる
16,500年前
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6層 小さな落石
天井から剥がれ落ちた石
17,300-16,500年前 |
7-9層
10層
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7-9層
赤い土が火を焚いた跡
(南壁)
17,000年前
10層 落石
2mを超える落石の上部
17,700年前
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450コラム展示②
石器の材料
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451西九州は黒曜石の一大産地だった
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西北九州にはたくさんの黒曜石原産地がある。切れ味鋭い黒曜石はブランド品として九州一円に広まる。縄文時代には遠く韓国でも使われている。
黒曜石以外にも福井洞窟の周りには安山岩がある。 長い間、人々が福井洞窟を利用したのはこの豊富な石材と関係している。 |
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西北九州は黒曜石の一大産地だった |

▲亀岳系黑曜石
▲牛ノ岳系(淀姫系)
黒曜石
▲椎葉川黒曜石
▲針尾系黑曜石
▲腰岳系黑曜石
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九州の黒曜石原産地 |
九州の黒曜石原産地
壱岐
姫島
牟田
淀姫
腰岳
椎葉川(しいばがわ)
針尾
南関(なんかん)
小国(おぐに) |
象ヶ鼻
五女木(ごじょき)
白浜
桑ノ木津留
(くわのきづる)
日東(にっとう)
上青木
上牛鼻(かみうしばな)
平木場(ひらこば)
三船
根占(ねじめ)
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452
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牟田 |
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砲台山 |
九木島 |
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淀姫神社 |
牛ノ岳 |
腰岳 |
大崎 |
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針尾中町 |
古里海岸 |
上土井行 |
椎葉川 |
亀岳
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455
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黒曜石の埋納遺構
赤い黒曜石はなかなかの希少品。北海道でとれる黒曜石みたいだ。
旧石器時代で多いのが牟田産。
縄文時代に多いのが腰岳産。 |
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黒曜石の埋納遺構 |
根引池遺跡
30,000~20,000
山口敏幸氏寄贈
発見した状態 |
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安山岩の原石
安山岩の原石 |
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直谷岩陰の前の川
黒い石が安山岩 |
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安山岩 |
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500 05狩猟採集民のくらし 16,500~16,000年前 第4層
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501狩猟採集民のくらし
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16,200年前ごろの福井洞窟は、落石がややおさまり、再び安定して生活できる環境となる。
洞窟内に雨水が流入しにくくなると、洞窟内は乾燥して住みやすい環境となる。
このころ、 黒曜石以外にも安山岩製の石槍や形の整ったスクレイパーが見られることから、狩猟や動物の解体、さらには皮なめしによる防寒着作りなども行われていたようだ。 |
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510狩猟と採集
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狩猟採集民の生活を探る
遺跡に残された当時の遺構や遺物から、 旧石器時代や縄文時代の初めごろには、すでに様々な生業を営んでいたと考えられている。
その主な活動は、狩猟・漁労・採集である。 |
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狩猟
福井洞窟4層からは獣骨片が集中して見つかっており、
大型動物ではなく中小型の動物(例えば、イノシシやシカなど)の動物を狩りで捕獲していたと想定される。
狩猟の方法として落とし穴猟がある。2mほどの落とし穴を掘り、中に逆茂木を打ち込んだりする。
落とし穴 逆茂木 |
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漁労
福井洞窟2層で見つかった土器には淡水魚に近い魚のこげた炭が付いていたことが分かった。
福井川の流域に沿って、アユやヤマメなどの漁猟が行われていた可能性が高い。 |
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採集
福井洞窟の4層や3層から炭片が多く確認されている。
当時の樹木を調べるとクリやコナラなどが発見された。
ドングリなどの堅果類を採集していた姿が想像される。 |
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旧石器時代の主な日本の動物
オオツノジカ
ヒグマ
イノシシ
ウサギ
ナウマンゾウ
イノシシ
マンモス (北海道のみ)
ヘラジカ
バイソン |
動物生存限界線
クリックして下さい |
旧石器時代の海岸線
ナウマンゾウの分布北限
ヘラジカの分布南限
ヒグマの分布南限
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520石器
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4層の細石刃はほかと比べて短い。
原石の大きさや細石刃を作る技術と関係しているのかな。 |
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剥片・石核
福井第1トレンチ4層
16,500~16,000前 |
剥片・石核 |
細石刃・細石刃核
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細石刃・細石刃核
福井第1トレンチ4層
16,500~16,000前 |
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530
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皮なめしに使う掻器(スクレイパー)が多く出土している。それだけ寒くて冷たい気候だった。 |
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石斧・尖頭器・スクレイパー
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石斧,尖頭器,
スクレイパー
福井第2トレンチ2-4層
16,000~14,000
岡山理科大学所蔵
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スクレイパー |
スクレイパー
福井第1・2トレンチ4層
16,500~16,000 |
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| 540
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600 06土器の出現 2-3層 16,000~14,000年前
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601土器の出現
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16,000年前ごろ、福井洞窟では、土器が使われはじめる。
土器の出現は人類にどのような変化をもたらしたのか。
何故、土器を作り出し、その後、10,000年以上も土器を作り続けたのだろう。
福井洞窟の土器からその起源と背景に迫ることができるかもしれない。 |
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605定住のきざし
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土器や台石がある。
ベースキャンプとして一つの場所に居を構えだした証拠だ。 |
定住のきざし |
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隆起線文土器 |
隆起線文土器 |
隆起線文土器
福井第1トレンチ2,3層
16,000~15,300 |
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細石刃・細石刃核・スクレイパー・尖頭器
福井第1・2トレンチ3層
16,000~15,300 |
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細石刃,細石刃核 |
スクレイパー
尖頭器  |
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台石
福井第1トレンチ3層
16,000~15,300
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610縄文を科学する
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土器の破片を顕微鏡で見る
粘土の中に植物を発見!
福井洞窟の土器はどのようにして作られたものだろう。
土器をよく観察すると、 凹凸があり、何かの痕跡が残っているようだった。
そこで、植物考古学者に依頼し、 福井洞窟の土器をCTスキャンして、土器に混ぜ込まれたものを分析した。
すると、 土器の中には、植物が練りこまれていたことが分かった。
植物の繊維を練り込むことで、丈夫な 土器を作ろうとしたのではないだろうか。
土器を作り はじめたころから、 これだけの知恵を持っていたことは驚きである。 |
縄文を科学する |
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年度の中に植物発見 |
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隆起線文土器 |
破片をCTスキャンで見た表面 |
CTスキャンで断面画像
矢印の線が植物繊維の痕跡
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繊維復元図
この繊維はシダ植物の繊維と酷似している |
洞窟に生えるシダ |
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618爪形文土器
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爪形文土器
福井第1トレンチ2層
15,200~14,700年前
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爪形文土器
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50年ぶりの帰郷展示。
細石刃の製作工程がよくわかる資料。
左から右に向かって作業が進むと形が変わる。 |
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630弓矢の登場
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縄文時代のはじまり~狩猟スタイルは変化する!?~
旧石器時代の狩猟具である細石刃を使った槍と、縄文時代の煮炊き具である縄文土器が2・3層で発見された。
その後、 1・2層では新たな狩猟具が登場する。 それが弓矢 (石鏃) である。 飛び道具の登場により、ウサギなどの小動物や鳥などの、
狩りの成功率も格段に上がった。
植物性の毒などを先端に塗る民俗事例も多くある。 旧石器文化から縄文文化への変化が石器の移り変わりからもわかる。 |
弓矢の登場 |
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狩りの様子 |
槍(細石刃) から弓矢 (石鏃) へ
縄文文化
細石刃から石鏃へ→1層・2層から出土 |
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640細石刃核
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細石刃核 削片
福井第1トレンチ2層
15,200~14,700年前
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石鏃
福井第1トレンチ
14,700~10,000年前
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スクレイパー・石鏃
福井第3トレンチ2・3層
16,000~14,000
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使用の痕跡がある剥片
福井第1トレンチ2層
15,200~14,700年前
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石核(接合資料)
・ブランク
福井第3トレンチ2・3層
16,000~14,000
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縄文時代になるとウサギやタヌキなど小動物を獲るのにこの弓矢がとっても便利。
矢の先には毒を塗ったりして狩りをしていたのかも。 |
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細石刃核・削片・
細石刃
福井第3トレンチ2・3層
16,000~14,000 |
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細石刃 |
削片と細石刃核 |
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組み合わせ道具
細石刃の利用方法:組合せ道具
福井第1トレンチ 2・3層
16,000~14,000
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660土層剥ぎ取り地層 2-3層
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2層 14,000年前
←白い粒=動物の骨
←石器や土器が沢山
←小さな落石
砂はハケで掘る |
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3層 16,000年前
ここから上に土器と石器が見つかる
4層
←暗色部分に動物の骨を発見 |
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670コラム展示③
小さな遺物から分かること
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671小さな遺物から分かること
 キズのある動物の骨 |
動物の骨のキズ跡から石でさばいていたことが判明
発掘調査した福井洞窟の土を水洗いすると、中から小さな骨や貝が見つかった。
この時代の骨はとても珍しい。
骨の色の違いは、高温で焼かれたこと、キズは石器によるキズ跡だったと分かった。 |
 イノシシの歯 |
10,000年以上昔からイノシシを食べていた
洞窟の土の中に、 イノシシの歯を発見。歯は動物を特定するために有効だ。
まだ歯がはえていない、ウリボウ(子供のイノシシ)よりも少し大きいイノシシだった。 |
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発見されたサバの骨からみえること
縄文時代初頭の海岸線は現在よりも遠く、山間にある福井洞窟に海のサバの骨魚が持ち込まれていたことは驚きで、
食生活は意外と豊かであった。
骨の種類から、 当時から海と川、そして山から食料を調達して暮らしていたことが分かる。 |
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673
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イノシシの歯・
カットマークのある獣骨
福井第1 トレンチ2-4層
6,500~14,000年前
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イノシシの歯・
カットマークのある獣骨
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サバ・スガイ(巻貝)
福井第1トレンチ2-4層
16,500~14,000
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サバ骨とスガイ(巻貝)
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700 07広がる生活空間 第1層 10,000年前
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701広がる生活空間
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洞窟の前に広がる広場や台地の上を発掘すると1万年前ごろの地層から石槍の未成品や土器が見つかった。
それまで、洞窟を中心に炉や石器作りを 行っていた人々は洞窟から離れた場所でも生活をはじめている。
急激な温暖化に伴い動植物も豊富になり、広い台地の方が暮らし易くなったことで、固定化した洞窟の家から平地へと進出しはじめた。 |
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703安山岩原産地と福井洞窟
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福井洞窟周辺は石器に利用される
安山岩が豊富に産出
西北九州の、玄武岩でできた溶岩台地の中には、無斑晶質安山岩と呼ばれるガラス質の硬い安山岩が含まれている。
福井洞窟の目の前の河原や台地ではこの安山岩が採集できる。
黒曜石の原産地が多い西北九州において、福井洞窟では安山岩の利用が4割を越えている。
安山岩は槍の道具や皮はぎなど当時の生活に欠かせない材料だったに違いない。 |
安山岩原産地と福井洞窟
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福井洞窟周辺は石器に利用される
安山岩が豊富に産出
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福井洞窟周辺の地層
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福井川に転がっている安山岩 |
安山岩製石器
10,000年前頃

スクレイパー(削器)
尖頭器 |
スクレイパー利用の様子
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705尖頭器
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槍の割に加工が粗い。未完成品だからかな。安山岩が豊富に取れたこの場所で粗割し、製品は持ち出していたのかも。 |
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尖頭器(石槍)未製品
洞窟の前庭
福井洞窟
10,000年前 |
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尖頭器 未成品 |
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707尖頭器
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尖頭器(石槍)
スクレイパー
福井洞窟
洞窟の前庭
10,000年前
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708押型文土器
押型文土器 |
押型文土器
福井洞窟
洞窟の前庭
10,000年前
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礫器:見事なチョッピングツール(礫器)・動物の骨を解体に使っていた。ガラス質の安山岩だ。
石核:石器接合し利用は、道具のつくり方を知れる貴重な資料。荒く割って貝殻状の石器を取っている。道具のもとの出来上がり。 |
礫器,石核接合資料
福井第2トレンチ0-1層
16,000-14,000年前 |
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礫器と接合資料 |
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800エピローグ
洞窟遺跡日本一の町佐世保
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810佐世保の洞窟遺跡
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佐世保市内には日本最多となる30を超える洞窟遺跡がある。 国県市の指定文化財となっている遺跡も多い。
洞窟遺跡の変遷を古い時代からたどると、旧石器時代から近現代までの歴史を知ることができる。
こうした特色ある地域は全国的にも珍しい。
まさに、質量ともに 「洞窟遺跡日本一のまち 佐世保」である。 |
泉福寺洞窟※
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後期旧石器時代から平安時代まで長期間利用された洞窟遺跡である。
4洞で構成され開口部は南向きである。
土層は12層確認され、洞窟が主体的に利用された時期は旧石器時代から縄文時代草創期で、
ナイフ形石器文化層を最下層とし、その上に細石器文化層が厚く堆積する。
遺物は各層から出土しており、主な石器としてナイフ形石器、掻器、削器、石核、細石器等がある。
土器は、豆粒文土器、隆起線文土器、爪形文土器、押引文土器、押型文土器へとその変遷が確認された。
細石器と共伴した最古級の土器「豆粒文土器」は、当時の科学的年代測定の結果、12,000年の古さを示す。
その後の変遷が層位的に解明され、我が国の縄文時代の始まりを示す遺跡である。 |
下本山岩陰遺跡 人骨※
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下本山岩陰遺跡の最下層では、轟式期の埋葬痕が検出され、2体の人骨が出土し、保存の良い1体からは縄文人的要素が見つかった。
最上層部では、弥生時代の石棺が出土し、男女2体の人骨が検出されました。人骨は男性が先に、その遺体が白骨化する前に、続いて女性が埋葬されました。弥生時代人ではあるが2体は縄文系の系譜でしたが、1体は縦長の頭骨の特徴が見られた。混血が進んでいたのでしょう。
弥生時代以降は、岩陰や洞窟は居住ではなく、埋葬の場になっていました。 |
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830掻器・礫器・有溝砥石 15,000~14,000年前 泉福寺洞窟
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掻器・礫器・有溝砥石
泉福寺洞窟
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掻器,礫器,有溝砥石
泉福寺洞窟
(佐世保市瀬戸越1丁目)
縄文時代草創期 15,000~14,000年前
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掻器
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礫器
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有溝砥石 |
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| 840洞窟遺跡の研究史 |
841
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昭和35・38年の発掘調査参加者記録
松瀬泰造氏寄贈 |
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骨角器,石匙,押型文土器
橋川内洞窟
縄文早期10,000前
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白磁碗(景徳鎮)・土師器坏
牽牛崎洞穴
室町時代 14世紀 |
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843直谷岩陰
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二次加工剥片,砕片
直谷岩陰
佐世保市吉井町直谷
旧石器時代
40,000年前
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844
台形様石器,鋸歯状石器 佐世保市吉井町直谷
旧石器時代
40,000年前
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845
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先史時代の
狩猟具・伐採具・装身具
相浦川流域の下流域にある真申洞穴。
旧石器時代から弥生時代の様々な出土遺物が確認された。
新たな洞窟遺跡として登録。
真申洞穴
旧石器時代~ 弥生時代
30,000~1,800年前 |
石錘 (滑石製)
龍神洞穴
平安時代末~室町時代
12世紀
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古銭
(寛永通宝,天保通宝)
不動明王谷岩陰
江戸時代 1624-1644年、1830-1844年
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1000発掘された日本列島2025 地域展
参考資料 01
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1001
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ごあいさつ
佐世保市は、北部九州の西端に位置する都市です。 数多くの洞窟遺跡があり、 遺跡の数と各遺跡の質から 「洞窟遺跡日本一のまち佐世保」 を掲げています。
令和6年10月11日には、 福井洞窟が国の特別史跡に指定され、国内で初とな
る旧石器時代の特別史跡となりました。
この特別史跡の誕生の機会に、 今回、佐世保市において、 文化庁主催 『発掘さ れた日本列島2025」展を佐世保市博物館島瀬美術センターで開催することとなりましたことは、大変意義のあることです。
全国各地の発掘された貴重な遺跡の速報展とともに、「わがま誇る遺跡展」と
して、「滋賀県琵琶湖の水中遺跡」、「群馬県東国千年の都 古墳から古代へ」と ともに、「洞窟王国 佐世保」展も巡回展示されることとなります。
今年度の「発掘された日本列島2025」展は、本市を皮切りに京都府山城郷土 資料館、 三重県総合博物館、福島県郡山市歴史情報博物館の3会場で巡回展示さ
れる予定でありますが、全国各地の人類史をたどる中で、 佐世保の歴史にどのよ うな特性があるのか、 考古資料を通じて、当時の人々の暮らしぶりに触れていただ
けるものと思います。
この度、文化庁主催の中核展にあわせて、 佐世保市教育委員会では、 地域展 「洞窟王国 佐世保」を福井洞窟ミュージアムで開催いたします。
特別史跡福井洞窟だけでなく、九州各地の洞窟遺跡や旧石器時代から縄文時代 の重要遺跡を一堂に会したこれまでにない展覧会です。新たな時代の幕開けに かかわる遺跡をとおして、先人の暮らしとそのなかで生まれてきた神秘的な資料を ぜひご堪能いただければ幸いです。
結びになりますが、 本展覧会及び地域展開催にあたり、主催者であります文化庁 をはじめ、長崎新聞社、全国新聞社事業協議会、公益財団法人 佐世保地域文化 事業財団の関係者の皆さま、ご後援や情報提供等のご協力を賜りました関係機関、 佐世保市民の皆さまに心より感謝申し上げます。
佐世保市教育委員会教育長 陣内 康昭 |
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以降は「発掘された日本列島2025 福井洞窟ミュージアム② 地域展」でご覧ください。
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