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 西日本の縄文 ‐山口の考古遺産‐  2016.07.28

 山口市の考古資料館33-35  山口県山口市春日町

  山口市歴史民俗資料館 33   山口県山口市春日町5-1 083-922-0294 月曜休館 撮影可
  山口県埋蔵文化財センター34 山口県山口市春日町3-22 083-923-1060 土日休日は休館 撮影可
  山口県立山口博物館 35     山口県山口市春日町8-2   083-922-0294 月曜休館 撮影可

  交通  JR山口線山口駅からJRバスで、美術館前or県庁前下車

       または、新山口駅(旧小郡駅)前からバスで県庁前行き、県庁前下車

       三館は隣接しています→地図
山口市の考古資料館・博物館map

 もくじ

01山口市歴史資料館

01外観
10旧石器~弥生時代
11パネル
12旧石器時代
13縄文時代
14弥生時代
15弥生土器
20上東・下東・赤妻遺跡
21赤妻遺跡
30海浜と山麓の土器
 31製塩土器
40山口湾岸の発展
 41
 42山麓部の製陶・平野部の鋳銭


02山口県埋蔵文化財センター

101外観
120土器
125器台
    山口県特有の器台
129貯蔵穴と年表
130顔
140形
150西姉木遺跡
151パネル
153古墳時代の土器
165下津令遺跡・毛無尾遺跡
169弥生の皮袋形土器 

03山口県立山口博物館

201外観
210考古資料
211パネル
212年表
213縄文土器
214弥生土器
216古墳時代の副葬品
220縄文時代の土偶と石器
222土偶と石器
225銅鏡 
 
 01山口市歴史民俗資料館

    西日本の縄文 ‐山口の考古遺産‐  2016.07.28-1

     山口市歴史民俗資料館 33  山口県山口市春日町5-1  083-922-0294 月曜休館 撮影可

     交通   JR山口線山口駅からJRバスで県庁前下車  または  新山口駅(旧小郡駅)前からバス県庁前行き、県庁前下車

     常設展示 旧石器時代から平安時代の考古資料を中心に展示

     見所   旧石器・縄文資料の少ない山口県での貴重な展示。古代の鋳銭の資料。

     特徴  キャプションが付いていないのでほとんど何もわかりません。

 
 もくじ 

01外観
10旧石器~弥生時代
 11パネル
12旧石器時代
13縄文時代
14弥生時代
 15弥生土器

20上東・下東・赤妻遺跡
 21赤妻遺跡
30海浜と山麓の土器
  31製塩土器
40山口湾岸の発展
 41
 42山麓部の製陶・平野部の鋳銭

 01外観
山口市歴史民俗資料館すぐそばに山口市埋文があるようです 許可を得て撮影しています



 10旧石器~弥生時代
 11パネル

  山口市域には旧石器・縄文の遺跡は少なく、小規模な集落が点在していたと考えられます。
   弥生時代前期から中期初頭になると、山口盆地で遺跡数が激増します。

   山口市内、吉敷地区下東遺跡上東遺跡湯田地区赤妻遺跡では、この時期の土坑群が大量に検出され、1㎢ 程度の狭い範囲に
   大規模な集落が存在したことが明らかになりました。

  この遺跡群の南側は扇端部にあたり、広大な低地が存在します。赤妻遺跡から100m南に位置する湯田条理では、
   弥生時代中期の溝からイネの花粉が検出されており、弥生時代以降に開発が進み、水稲耕作の場となったことがわかります。

   これらのことから、内陸部は水稲耕作を基盤に発展したと考えられます。


上に記述
山口の年表 山口市域には
上に記述
この遺跡群の
上に記述
 
 12旧石器時代
    西日本での旧石器遺物の発見は大変少なく、その形状も、東日本と比較にならないほどの形状です。しかし、大変貴重な展示物です。
    広島県福山市広島県立歴史博物館ではもう少し系統的な旧石器の石器が展示されていますが、撮影禁止です。
狩猟と加工の道具 ナイフ形石器・剥片
毛割遺跡 旧石器時代 

3.5万年前頃の小型石器
水晶は大山付近産出か




  13縄文時代 -畑作と狩猟の道具-
畑作と狩猟の道具  展示物は同一母岩から切り出した石斧と
黒曜石の剥片のようです。

石斧の母岩は変成岩のようで山口県北部の火山性のものではないでしょうか。
石鏃・掻器・削器・
剥片石器
中込遺跡/縄文晩期

打製石斧
石鏃・掻器・削器・
剥片石器




  14弥生時代 -稲作と狩猟の道具-
稲作と狩猟の道具磨製石斧・石包丁・石鏃
上東遺跡・赤妻遺跡
弥生後期

磨製石斧・石包丁・石鏃
石斧・石包丁 石鏃・破片

  15弥生土器
弥生土器の文様
上東遺跡 弥生前期
貝殻による「木の葉文」
鋸歯文 羽状文
杉綾文様・刺突文 貝殻とひごで付けられた模様。しかし、もの凄い辛抱です。超緻密です  弥生土器の貝殻文羽状文・羽状文と鋸歯文・木の葉文  転載「日本人のルーツを訪ねて 土井ヶ浜遺跡の弥生人たち

←説明パネルは土井ヶ浜弥生ミュージアムのものである


 20上東下東赤妻遺跡

  21壺・甕
記念写真コーナーですが、 全て弥生土器のはずですが 尖底縄文土器のようなものもあります。 製作年代が異なるのでしょう。 弥生早期でしょうか
ちょっとわからない


 30海浜と山麓の土器 
  31製塩土器 美濃ヶ浜式製塩土器
山口湾岸の美濃ヶ浜式製塩土器
山口湾岸の製塩土器出土地 美濃ヶ浜式製塩土器出土地点  熱効率を考えて作り、脚を折り取って土器のまま出荷したらしい 美濃ヶ浜式土器と折られた脚 山麓部の製陶須恵器/杯身蓋甕
陶窯跡群/奈良-平安



 40山口湾岸の発展
    山口市域の古代を語る上で産業は非常に重要です。

    国内唯一の大路である山陽道が通り、瀬戸内海に面した鋳銭司(すぜんじ)、(すえ)の両地区には、皇朝十二銭を作る周防鋳銭司が置かれ、
    須恵器の生産が盛んに行われました。

    ここで作られた新鋳銭は海運を利用して瀬戸内海を進み、平安京に収められました。

    また、平城京跡出土木簡から吉敷郡神前郷で塩が生産されていたこともわかっており、古墳時代の製塩で有名な美濃ヶ浜遺跡がある、
    秋穂二島地区の幸崎付近が神前郷と考えられています。

    このように、山口湾岸は産業を基盤に発展し、中央とも密接につながる地域でした。
  41
山口湾岸の発展 山陽道と古代官衙 山陽道と古代官衙
古代の主要路と駅
陶窯跡       
 小郡文化資料館
周防鋳銭司    
鋳銭司郷土館


  42山麓部の製陶・平野部の鋳銭
山麓部の製陶
須恵器/壺・杯/窯体についた破片/窯の支柱
陶窯跡群/奈良~平安
ふいご羽口とるつぼの
使用法図解
空気は下から送るものだと思っていた。上に送ると木炭は完全燃焼するのだろうか
出土状況
写真には羽口が下から上に空気を送っているように見えるが。な。
平野部の鋳銭
須恵器杯・緑釉陶器椀
るつぼ・ふいご・羽口
周防鋳銭 平安時代
山麓部の製陶 燃え火の必要な陶器作りは燃料の入手しやすい山間部で行われ、

 木炭を使い、海路で原料を運んでくる鋳銭は平野部で、管理しながら行われた。







                   
 
 02山口県埋蔵文化財センター 

    西日本の縄文 ‐山口の考古遺産‐  2016.07.28-2

     山口県埋蔵文化財センター 34  山口県山口市春日町3-22  083-923-1060 土日休日は休館 撮影可

      交通   ・JR山口線山口駅からJRバスで県庁前下車
            ・新山口駅(旧小郡駅)前からバス県庁前行き、県庁前下車

      常設展示 縄文時代時代から平安時代の考古資料を展示

      見所   山口特有の器台 (ほとんど知られていない器台形式です)

 

  もくじ  

101外観
120土器
125器台
   山口県特有の器台
129貯蔵穴と年表   
130顔
140形

 

150西姉木遺跡
151パネル
153古墳時代の土器
165下津令遺跡・毛無尾遺跡
169弥生の皮袋形土器  

 101外観
県埋文庭木の手入れが行き届いています ちょっと暗めの入り口




 120土器
入口展示 縄文土器 前期深鉢/屋敷遺跡
神田遺跡/前期
模様が非常にくっきりしている
弥生土器
甕/前期/吉水遺跡
壺/前期/吉水遺跡
高坏/後期/突抜遺跡
土器文様 古墳時代土師器/壺 /朝田墳墓群
土師器/高坏/朝田墳墓群
土師器/古墳時代 平安時代土師器/椀/下右田遺跡 古墳時代後期
須恵器/5世紀中期以降壺大浦古墳群
高坏/大木崎古墳
杯/朝田墳墓群
室町時代
瓦質土器/11世紀以降釜/玉祖遺跡
足鍋/今宿東遺跡
瓦質土器 瓦製造の技術で作られた土器。
 三韓時代に既にあり、製法が列島に持ち込まれた

近江における瓦質土器

山形県の瓦質土器

半島における瓦質土器


 125器台
   山口県特有の器台 柱の中央が膨らんだ形は、山口特有の形です。製作技術の高さを感じます。

弥生後期/宮ヶ久保遺跡
弥生終末期/明地遺跡
古墳前期/突抜遺跡
山口県特有の器台弥生終末期/天王遺跡
弥生終末期/岡山遺跡
山口県特有の器台弥生終末期/天王遺跡
弥生終末期/岡山遺跡
山口県特有の器台
弥生終末期/天王遺跡
山口県特有の器台
弥生終末期/岡山遺跡

古墳後期/大浦古墳群
器台と壺は別物です
一体ではありません。
壺のキャプションがありません




 縄文時代

 129貯蔵穴と年表

 ※1田ノ浦遺跡のドングリ貯蔵穴 -発掘現場から取り上げた遺構-
     これは、田ノ浦遺跡で発見された14基のドングリ貯蔵穴のうちの一つで、発掘現場から保存処理を行って展示しています。

     貯蔵穴は縄文時代後期 (約4000年前) のもので、食糧のドングリを生で貯蔵した施設です。
     ドングリは約450個発見され、鑑定の結果イチイガシの実であるとわかりました。

田ノ浦遺跡のドングリ貯蔵穴/約4000年前※1
イチイガシ
ドングリ貯蔵穴 年表ここでは、
縄文晩期を弥生早期
と読み替えています
旧石器時代~古墳時代 古代~近世



 130出土品で見る顔いろいろ
出土品で見る顔いろいろ
人面土製品/弥生
綾羅木郷台地遺跡
人面土製品/弥生
綾羅木郷台地遺跡

鯨面です

分銅形土製品/弥生/
明地遺跡

人面土製品/奈良~平安
赤妻遺跡

人面墨書石/江戸時代/
萩城跡(外堀)

根付/江戸/
萩城跡(外堀)
弥生の人面土製品には激しい刺青の痕があるが

分銅形土製品には鯨面の痕跡がない。

鯨面はシャマンなのか
それとも別の信仰集団なのか。


 140出土品で見る形の色々
出土品で見る形いろいろ
船形土製品/弥生/吉永遺跡 
土製リング/古代/国秀遺跡

皮袋形土製品/弥生/明地遺跡 
土製勾玉/弥生/畑岡・明地遺跡
土製勾玉/弥生/畑岡・明地遺跡 パイプ型土製品/弥生/
新張遺跡

陶塤/弥生/高野遺跡
土製模造鏡/古代/
国秀遺跡
土馬/古代/千岡田遺蹟 土製模造鏡/古墳/
中村遺跡
土製模造鏡/古墳/
明地遺跡
動物形土製品/古代/荒人遺跡
陶塤/弥生/高野遺跡 土笛は貯蔵穴から出ることが多い (下関市立歴史博物館) が、ここで出土場所がわからない。




 150西姉ノ木遺跡
 151パネル

 西ノ姉木地区では、古墳時代のカマドを備えた竪穴建物や、高坏などの土師器が多量に投げ込まれた建物を発見しました。
 平安時代に鉄製品の鋳造を行ったと考えられる炉跡や、木炭を作った土坑も見つかりました。

  ※この時代、移動式カマドが多く、固定式・作り付けカマドは少ないのです。

 室町時代では、多くの掘立柱建物や小刀などの鉄製品が副葬された墓2基を発見しました。後者は、この地域の有力な人々の墓の可能性があります。

 そのほか、漁の道具である土垂なども出土しました。

土器が大量に投げ込まれた竪穴住居 古墳中期の竪穴住居 古墳後期の竪穴住
作り付けカマド
古墳時代の土器が出土した土坑 柱穴下に土器
小刀と土師器出土の墓
刀子や火打ち金出土の墓
中世の掘立柱建物群 各種掘立柱建物 土器捨て穴/足釜と鉢
炭焼き穴/土師器の柱穴
足釜-脚釜/錡/アシガマ
    足のついた釜


 153古墳時代の土器  同一反復しているけど、なんで?
 西姉ノ木遺跡
  西姉ノ木地区では、古墳時代のカマドをそなえた竪穴建物や高坏などの土師器が多量に投げ込まれた建物を発見しました。
  平安時代に鉄製品の鋳造を行ったと考えられる炉跡や、木炭を作った土坑も見つかりました。

  室町時代では、多くの掘立柱建物や、小刀などの鉄製品が副葬された墓2基を発見しました。後者はこの地域の有力な人々の墓の可能性があります。
  そのほか、漁の道具である土錘なども出土しました。
西姉ノ木遺跡 西姉ノ木遺跡 縄文時代の石器
石斧・石鏃・剥片
古墳時代前期 土器土師器/高坏・器台
土師器/甕 土師器/鉢 鉢/壺/漏斗状甑(こしき) 古墳時代中期甑/敲石/ミニチュア土器
/鉢/杯
古墳時代後期
甕/杯/円筒状土製品/杯/甕/高坏

滑石製模造品
滑石製有孔円盤


 160下津令遺跡・関連出土品 縄文時代・古墳時代~平安時代 防府市

 165下津令遺跡・毛無尾遺跡

 毛無尾地区では古墳時代の竪穴建物2棟と奈良時代終わり~平安時代初めの掘立柱建物5棟を発見しました。
 建物からは、土師器の高坏や甕、須恵器の坏が、建物の外からは緑釉陶器・灰釉陶器などが出土しています。

 緑釉陶器・灰釉陶器 (平安時代初め:9世紀後半~10世紀頃) は、役所や寺院などで出土することから周辺にそのような建物があったと考えられる。

毛無尾遺跡古墳~奈良時代 古墳時代の竪穴建物
奈良時代の掘立柱建物
奈良時代の土器が出土
防府市の
古墳時代・古代
毛無尾遺跡と西姉ノ木遺跡近接しています 縄文時代黒曜石剥片/スクレイパー(石英)
縄文時代の石器黒曜石剥片
スクレイパー(石英)
古墳時代古墳時代/土師器/鉢・甕・壺/ミニチュア土器 高坏/杯身/杯蓋 古代古代(奈良~平安)/大甕/滑石製有孔円盤/緑釉陶器/灰釉陶器/棒状土垂
中世/瓦質土器・火鉢・足鍋(脚)
古代(奈良~平安)/大甕/滑石製有孔円盤 古代/緑釉陶器/灰釉陶器/棒状土垂
中世/瓦質土器・火鉢・足鍋(脚)

  西姉ノ木遺跡と毛無尾遺跡は、縄文遺跡を壊して作られた遺跡ということのようです。





 169弥生時代の皮袋形土器

 おもに弥生時代から古墳時代の遺蹟で見つかる土器です。 皮どうしをとじ合わせ、袋形の容器状にした「皮袋」を真似たといわれています。
 円柱形で、真ん中が膨らみ、両端が次第に細くなる形をしています。

 膨らんだところには液体などを入れるとき受け口の部分を取り付け、片方の端に注ぎ口、もう片方の端には持ち手の様な部分を作り出しています。
 発見例が少なく、また、表面にも赤色の着色が見られることなどから、普段の生活の中で使われた物とは思えません。

 また、火熱を受けた跡が見られず、煮炊きに使ったものとも考えにくく、ムラのまつりや儀式など、特別な場面で用いられた土器と推定されます。

皮袋形土器 皮袋形土器は
  縄文時代からありました
 しかし、弥生時代になるとその量が増え、また、角杯形土製品など
 種類も増えました。






    
 
 03山口県立山口博物館    ページ内の引用は、山口県立博物館HPのものがほとんどです。転載山口県立博物館 引用山口県立博物館


   西日本の縄文 ‐山口の考古遺産‐  2016.07.28-3

     山口県立山口博物館 35  山口県山口市春日町8-2  083-922-0294  月曜休館 撮影可

交通 ・JR山口線山口駅からJRバスで美術館前下車
・新山口駅(旧小郡駅)前からバス県庁前行き、県庁前下車

     常設展示 考古資料に関しては、大変少なく、他地域から買ってきたものが目立ちます。

     見所   縄文資料の少ない山口県での貴重な展示

  

 もくじ 

201外観
210考古資料
211パネル
212年表
213縄文土器
214弥生土器
216古墳時代の副葬品   


220縄文時代の土偶と石器    
222土偶と石器
225銅鏡 

 201外観
山口県立山口博物館画像拝借 赤妻古墳出土船形石棺  説明パネルの内容

赤妻古墳出土船形石棺
 5世紀前半頃の制作と推測される、くり抜き式の
 船形石棺です。

 石材は砂岩で、全体の5箇所に縄掛突起があります。
 明治41年に山口市の赤妻古墳から発掘されました。

 01山口市歴史民俗資料館 弥生時代 の項目で既出

 刳抜式舟形石棺 山口市赤妻古墳

  巨大な砂岩を刳抜いて作られたもので、全長231㎝、最大幅98㎝、全高60㎝、蓋に4、身に2対の縄掛突起を持ちます。
  山口盆地を統率した女性首長の棺です。

 210考古資料
  211パネル
山口博物館の考古展示では、
 知識のある人もない人も、おしゃべりになれるほど沢山の資料はありません。
 まるで考古に力を入れていないかのように見えますが、
 実は、インターネット上では沢山の情報を提供し、大変参考になるHPが運用されています。
 誰でも考古に興味を持っていると、きっとどこかで遭遇するでしょう。
 大変すばらしい博物館です。
  212年表
奈良・飛鳥時代 古墳時代
後期~前期
弥生時代
後期~前期・縄文晩期
縄文時代
晩期~中期
縄文時代
前期~草創期
縄文草創期~
旧石器時代

  213縄文土器   山口県周辺の縄文時代  東日本の縄文時代


 縄文土器/煮沸用
   縄文時代の特徴は土器の発明です。これにより、食べ物の煮炊きと貯蔵ができるようになり、人々の生活が豊かになりました。
   後の時代の土器に比べて、厚手で飾りが多いという特徴を持っています。

 縄文土器/注口土器は、
   注ぎ口の付く容器です。 表面には二次的なススの痕がないことから、注ぎ分けるために使われたと見られます。
   ヤマブドウなどの果実酒の存在が有力視されていますが、そうしたお酒を入れた容器であったかもしれません。

縄文土器/煮沸用千葉県粟島台
加曽利E式土器
縄文時代中期
器面に描かれた磨消縄文(すりけしじょうもん)という意匠は、のち西日本の縄文土器にも影響を与えました。 縄文土器/注口土器
出土地不明
注口土器は、中期に登場し、後期以降全国的に広がります。
一遺跡内での出土点数は大変少なく、また非常にていねいに作られる例が多いことから、祭りなど特別な日のみに使用されたのではないかと推定されます

 加曽利E式土器
  縄文時代中期後半の関東地方を中心に分布した土器型式。千葉県加曽利貝塚E地点出土土器を標式とします。
  口が大きく内弯する、いわゆる「キャリパー状口縁」を呈する深鉢形が主体で、浅鉢、有孔鍔付土器、器台、壺、注口付深鉢が少量伴います。

  加曽利E式は現在、E1~E4式まで新旧の細分が成されています。本資料は口の部分に多重の渦巻文が連続して描かれる例で、
  加曽利E2式に相当する可能性が考えられます。


 注口土器
  注口土器とは丸い球形の胴に細長い管状の注ぎ口の付く縄文土器で、現代のヤカンや急須に似た形をしています。
  縄文時代中期に登場し、後期以降全国的に広がります。土器の表面には二次的な煤(すす)の痕跡が認められないことから、

  容器内部の液体を煮るのではなく、注ぎ分けるのが目的であったとみられます。ただし一遺跡内での出土点数は大変少なく、
  また非常にていねいに作られる例が多いことから、祭りなど特別な日のみに使用されたのではないかと推定されます。近年の分析から、

  縄文時代にもヤマブドウやキイチゴなどの果実を発酵させたお酒の存在が有力視されていますが、注口土器はそうした液体を入れた
  特別な容器であった可能性が強いでしょう



  214弥生土器

 弥生土器は、
   薄手でシンプルな作りです。煮炊き用の甕。盛り付け用の鉢や高坏、貯蔵用の壺など、目的によって形の違うものが作られました。

 弥生時代終末期の土器群
   弥生時代終末期遺跡の箱式石棺から発見されたものです。
   壺、鉢、高坏、などであり、弥生時代終末期から古墳時代初頭までの特徴をよく表しています。

弥生土器山口市亀山町 山口市亀山町 弥生時代終末期の土器群
宇部市大須賀墳墓群
弥生時代終末期の土器群
宇部市大須賀墳墓群


  216古墳時代の副葬品

 短甲
  古墳時代に用いられたよろいのパーツ。腰から上の胴体を保護する。
  他に、頸甲(あかべよろい/首回りの保護)、 肩甲(かたべよろい/肩と上腕部を保護する)、などと共に発掘され、
  鎧の全てがそろう全国的に珍しい発見。

  全国各地から同型のものが発掘され、古墳時代の被葬者が、大和政権から下賜されたものではないかと考えられています。
  当時の山口市周辺が、古墳時代に近畿地方で強大な権力を誇った大和政権下にあったことが想像されます。 山口市吉敷天神山古墳

 杏葉
  馬の背に鞍を載せるための紐に装着した飾り金具です。これらの馬具は武具と一緒に見つかり、馬が軍事的に重要視されていたことを示す。
  また、馬に関する技術を持っていることが、被葬者の地位や性格を示す象徴であったともみられています。防府市形山古墳出土

短甲  短甲
轡と杏葉轡は馬の口にくわえさせて操るための金具 轡と杏葉 杏葉



 220縄文時代の土偶と石器

  222土偶と石器

 縄文時代
  土偶
    縄文時代に土で作られた人形です。立体的な形のものが一般的ですが、最初はこのような板状の形をしていました。
    女性の姿を表現したものが多いことから、安産祈願などに使われた道具であったと見られています。 ≪北海道小樽市蘭島≫

  石鏃
    石製の鏃です。一部は漁に使う銛先としても使用されました。 石材は佐賀県腰岳産の黒曜石と推定されます。≪山口市美濃ヶ浜≫

  石棒
    長い棒の形をした磨製石器の一種です。縄文時代中期に多くみられ、地面に突き刺した状態で見つかります。
    男性器に似ている形から、呪術な意味合いを持った道具とみられています。  ≪秋田県鹿角郡小坂町≫
 
  石匙
    取っ手部をつかんで使用する。縄文の万能ナイフです。江戸時代に発見した人は、天狗や狐の道具と考えました。≪秋田県鹿角郡小坂町≫

  磨製石斧
    旧石器時代には打製石斧が使われていましたが、縄文時代になると、表面を磨いた石器、磨製石斧が使われるようになりました。
    この石斧には柄が付けられ、木を切るときなどに使用されました。  ≪山口市平川≫

    (旧石器時代初頭にも局部磨製石斧がありました。旧石器終末から縄文草創期初頭の神子柴型石斧などもありました)

  石刀
    縄文後期から晩期にかけての磨製石器です。剣に似ていることから名づけられましたが、実用的な武器ではなく祭器です。
                                      ≪秋田県大館市比内町大葛≫
    (石棒同様に男性器をあらわしたものとされています)


 弥生時代
  大型石包丁
    通常の1.5倍の大きさです。大きさだけでなく、形も異なります。田地を耕したり、雑草取りに使われました。≪下関市豊田町矢田≫

  石包丁
    稲穂の穂首刈りの道具です。 稲の根元を刈り取れる鉄鎌が広く普及するまで、収穫具として使われました。

土偶 小樽市蘭島
板状土偶
初期の土偶は板状
女性を表現した安産祈願
中期以降、特に東日本を中心に発達しました。女性をかたどったものが多いことから

、出産を助け、邪気や疾病を配して活力をもたらすなど、神聖かつ呪術的な性格の強い道具であると考えられます
石鏃 山口県美濃ヶ浜石製鏃は漁の銛先としても使用した
黒曜石/佐賀県腰岳産
石鏃矢の先端に付けた縄文時代の石製矢尻です。一部は漁撈具である銛(もり)の先としても使用されていたようです。 石棒
大型の石棒。表面を細かく敲いて製作。双頭の完形資料で、両頭ともに磨滅による鈍い光沢が観察できます。長70㎝幅7㎝、横断面形は楕円形。石棒は祭祀の道具として、東日本を中心に発達た
石棒 秋田県鹿角郡小坂町地面に立った形で検出
男性器を模した呪術的道具
石匙 秋田県鹿角郡小坂町万能ナイフ/江戸時代には天狗・狐の道具とされた 石匙秋田県では縄文時代前期以前に特に多くみられる。
東日本は縦長、西日本は横長が多い。
磨製石斧 山口市平川旧石器→打製/縄文→磨製 磨製石斧旧石器時代には打製石器が、縄文時代には磨製石器が使われました。石斧には柄が付けられ、木を伐る時などに使用されました。 石刀縄文後期~晩期 祭祀具
石刀は東日本特に東北に多い
石刀 秋田県大館市比内町大葛 大型石包丁/弥生/
下関市豊田町矢田通常の1.5倍/田地を耕す
雑草を取り除くなど
大型石包丁 下関市豊田町矢田 石包丁/弥生/穂首刈り具 石包丁/光市小周防道場/門前遺蹟




 225銅鏡

 古墳時代
  銅鏡
   古墳時代前期から中期の古墳から多く見つかります。
   鏡は不思議な力を秘めているといわれ、呪いや占いの力で人々を統治するために使われたと見られます。

   中国から持ち込まれたものと、それを真似て日本国内で作られたものがあります。    ≪柳井市柳井茶臼山古墳≫

  勾玉・管玉・切子玉・耳環
   古墳内部から見つかる装身具類です。石・ガラス・金属など様々な素材で作られていますが、
   硬くて加工しづらい石製のものが最も高級なものとされていました。         ≪梅ヶ﨑古墳群

銅鏡/古墳前期~中期

呪力を持つとされた。
中国産と国内産があった
画文帯神獣鏡
柳井市柳井茶臼山古墳
勾玉・管玉・切小玉・耳環石・ガラス・金属等様々な素材で作られる。硬くて加工しにくいものが最高級品とされる 装身具/古墳
山口市梅ヶ崎古墳