北海道の縄文 №59-1 2022.06.28-6
森町発掘調査事務所1(リーフレット編) 北海道茅部郡森町森川町292-24
01374-3-2240 開館は平日のみ 休館日(土日祝・年末年始) 撮影可
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はじめに
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「北海道・北東北の縄文遺産を世界遺産に登録しよう」という運動は、2001.9.11テロで疲弊する沖縄をアピールするために始めた沖縄写真通信が、その後、沖縄と密接なつながりのある台湾の国立台湾史前博物館を取材したことをきっかけに、国内の縄文博物館を紹介する方向に転換し、縄文博物館の探訪記となった頃、新潟に向かう二階建て新幹線の中の「トランヴェール」というJR東日本の冊子で知りました。
おなじようなことを考える人たちがいるものだと、その動きを心にとどめたまま、国内の博物館を取材していきました。
沖縄では、幾つかのグスクが世界遺産に登録された途端、出入り自由だったグスク入り口に小屋を置いてお金を取り始めました。世界遺産登録は沢山の人が来て儲かるものだと誤解しての行為です。それまで無料だったものがなぜ突然、なんの整備もせずに有料になるのかと、不思議でした。
だから、登録されることがあれば…と、それまでに取材しようとせっせと取材旅行しました。
2021.7.27に念願の世界遺産に登録されましたが、そのことが沢山の観光客を走らせるということではありませんでした。
どこの博物館も落ち着いた反応でした。いや、三内丸山遺跡を除いては。あそこでは…でした。ちょっと場所を尋ねても返事の前に
「〇払ったか」と答えにならない返答をしました。話しになりませんでした。
世界遺産登録の1年後に森町発掘調査事務所に来館したのですが、金を取るよりも記念品を頂きました。驚きました。
頂いたものが下の写真です。➀イカ形土製品のしおり ②メモ ③殺菌濡れティシュと、パンフレット5冊でした。
記念品
書類入れ 表
森桟橋の写真 |
裏 |

③濡れティシュ |
➀イカ形土製品形栞
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②道南の遺跡写真の
カラーメモ
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パンフレット類
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➀鷲ノ木遺跡
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②北海道森町文化財 |
③森町の遺跡
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④冷凍機器
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⑤北海道・北東北の
縄文遺跡群
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これらが入っていました。とてもありがたいことで驚きとともに、感謝いたしました。
これらのパンフレットは、大変わかりやすい解説で、写真も鮮明で、見やすいので、私だけが楽しむより、是非皆さんにご覧頂きたいと思い、ここにスキャンして公開することにいたしました。当然、次回の私が展示物を撮影した写真よりもはるかに明瞭です。是非ご覧ください。 |
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目次
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110➀鷲ノ木遺跡
120環状列石と竪穴墓域
130環状列石の周辺の遺跡・遺物
140鷲ノ木4遺跡
151森町の遺跡
200②北海道 森町文化財 |
300③森町の遺跡
302森町の遺跡
311縄文早期
313縄文前期
315縄文中期
316遺物 板状土偶
320縄文後期
322栗ヶ丘1遺跡
323鷲ノ木遺跡
324環状列石と竪穴墓域
325環状列石周辺遺跡
※鷲ノ木遺跡 環状列石 のまとめ
326鷲ノ木4遺跡
331縄文晩期
333続縄文時代
335擦文時代
340近世
342台場
343陣屋跡
345森桟橋
346イカ形土製品
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400④冷凍機械
500⑤北海道・北東北の縄文遺跡群
502世界遺産登録までの歩み
507顕著な普遍的価値
508特徴的遺物
511集落展開及び精神文化に関する6つのステージ
521北東アジアの先史文化と縄文遺跡群
525保全と活用
531北海道・北東北の縄文遺跡群
545アクセスマップ
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パンフレット➀
110鷲ノ木遺跡 |
111北海道・北東北の縄文遺跡群
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北海道・北東北の縄文遺跡群は、 1万年以上にわたり採集・漁労・狩猟により定住した人々の生活と精神文化を伝える文化遺産です。
北海道・青森県・秋田県・岩手県にある17の遺跡で構成され、 鷲ノ木遺跡は関連する遺 跡として位置づけられます。詳しくはQRコードをどうぞ
森町遺跡発掘調査事務所
鷲ノ木遺跡や森町内の遺跡からの出土品、 環状列石等のジ オラマ、 写真等の展示を行っています。 臨時休館の場合もありますので見学の際は事前にご連絡願います。
開館時間:午前9時~午後4時
▶休館日:土日・祝日・年末年始 (臨時休館有)
連絡先:遺跡発掘調査事務所
TEL 01374-3-2240 (森町遺跡発掘調査事務所)
TEL 01374-2-2186 (森町教育委員会社会教育課)
製作: 森町教育委員会 発行 2021年 7 月 30 日
印刷: (株) P&S いわた |
北海道森町
鷲ノ木遺跡 |
北海道・北東北の
縄文遺跡群 |
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(鷲ノ木)遺跡の発見と保存
(鷲ノ木)遺跡は北海道縦貫道路建設に伴い発見され、平成15(2003)年に森町教育委員会が発掘調査を行ったところ、道路用地内か ら環状列石と竪穴墓域等が発見されました。
環状列石は保存状態が良好で道内最大規模であることから、その重要性が認識され、北 海道教育委員会及び森町と東日本高速道路(株)で保存に向けての協議を重ねた結果、
平成17(2005)年に現地をトンネル化して遺跡地下に道路を整備すると共に、 環状列石を現地保存することが決定しました。 |
遺跡の発見と保存 |
遺跡の発見と保存 |
鷲ノ木遺跡と駒ケ岳 |
森町の地層
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森町の地層 |
地表面
駒ケ岳火山灰(1640噴火)
白頭山火山灰(10世紀噴火)
縄文時代
縄文時代の地層の上に火山灰が厚く堆積。 |
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環状列石から望む駒ケ岳山頂付近の朝日
11月上旬の立冬の頃 |
鷲ノ木遺跡トンネルの完成
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鷲ノ木遺跡トンネルの工事
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➀箱形ルーフをトンネルの枠に設置。箱形ルーフの大きさは80cm四方。
②箱形ルーフ内の掘削。遺跡への影響を防ぐ作業。
③遺跡の地下にトンネル (函体)を引き込む作業。
④遺跡の地下にトンネルが収まる。 遺跡からトンネル上部の幅は約2.5m。 |
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120
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環状列石と竪穴墓域
環状列石は、楕円形の配石を中心とし、その外側に円環状の列石が二重に巡り、外周約37m×約34mのほぼ円形です。
その周囲には、竪穴のなかに7基の土坑墓と4基のピットを伴う竪穴墓域があります。 |
環状列石
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時 代 |
縄文時代後期前半(約4,000年前) |
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大きさ |
36.9m×33.8m |
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石の数 |
平均40~45cm、 最大約80cmの石を約600個 |
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石の種類 |
主に安山岩、 玄武岩、 ひん岩等 |
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関連遺構 |
約1m外側に1ヵ所の埋設土器 |
環状列石 |
 中央の楕円形の配石
外側を巡る二重の列石 |
 埋設土器出土状況
埋設土器の復元作業後 |
竪穴墓域
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時 代 |
縄文時代後期前半(約4,000年前) |
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大きさ |
(竪穴) 長径11.6m×9.2m、 深さ約20cm
(土坑墓) 直径1~2m、深さ0.5~1m |
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副葬品 |
環状列石と同時期の縄文土器や石器 |
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検出位置 |
環状列石の約5m 南西 (1号)、南東側(2号) |
竪穴墓域 |
 竪穴墓域調査状況
竪穴墓域内土坑の調査状況 |
 竪穴墓域内土坑遺物出土状況
竪穴墓域2号 |
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130環状列石の周辺に広がる遺跡・遺物 |
131
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鷲ノ木遺跡は、内浦湾に流れ込む桂川の支流である上毛無沢川と下毛無沢川に挟まれ た河岸段丘上に立地しています。
標高約73mの高位段丘には環状列石や配石、 竪穴住居址等の遺構が構築され、
東側に広がる標高約37mの低位段丘では縄文時代前期から続縄文時代にかけての遺物が多く出土しています。 |
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132
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鷲ノ木遺跡は、内浦湾に流れ込む桂川の支流である上毛無沢川と下毛無沢川に挟まれ た河岸段丘上に立地しています。
標高約73mの高位段丘には環状列石や配石、 竪穴住居址等の遺構が構築され、
東側に広がる標高約37mの低位段丘では縄文時代前期から続縄文時代にかけての遺物が多く出土しています。 |
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⑩80mにわたる窪地地形
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⑨石組炉を持つ竪穴住居址
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⑧並んで出土した配石遺構
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➀環状列石
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鷲ノ木遺跡 史跡 指定範囲 |
②竪穴墓域 1号
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⑦桂川
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③埋設土器 |
④竪穴墓域 2号
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⑤高位段丘出土遺物
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⑥低位段丘出土遺物
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140鷲ノ木4遺跡
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鷲ノ木遺跡は、 鷲ノ木遺跡の南側を流れる上毛無沢川を挟んで隣接しており、 高速道路建設に伴い発掘調査が行われました。
縄文時代後期を主体とする遺跡であり、縄文時代早期から続縄文時代までの遺物や遺構が発見されています。 |
鷲ノ木4遺跡 |
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遠景:鷲ノ木環状列石
近景:鷲ノ木4斜面土壙墓群 |
鷲ノ木遺跡 環状列石 |
鷲ノ木4遺跡 |
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鐸形土製品 (縄文時代後期)
中空。 環状列石がある地域で多く出土。
イカ形はとても珍しい。 |
配石遺構 |
➀配石遺構
(縄文時代後期)
斜面上の段丘にある2基の配石を伴う土坑墓 |
斜面土壙墓群 |
②斜面土坑群
(縄文時代後期)
急な斜面上に造られた26基の土坑群 |
石垣状配石遺構 |
③石垣状の配石遺構
(縄文時代後期)
斜面の下に造られた石垣のような配石遺構 |
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| 150 |
151森町の遺跡
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現在、森町には52の遺跡が発見されています。
縄文時代の遺跡が多く、続縄文時代から擦文時代、 アイヌ文化期を経て、 近・現代までの遺跡があります。
遺跡は地域のもつ暮らしや歴史を物語る、 かけがえのない遺産です。 |
森町の遺跡 |
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153森町の遺跡
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遺跡の時期と年代 |
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パンフレット②
200北海道 森町文化財
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文化財とは?
人間の文化活動によって作り出された物を文化財と言う。
文化財の種類
有形文化財
建造物・絵画彫刻・工芸・書籍・古文書など。
民俗文化財
俗習慣(正月行事・盆行事など)
民俗芸能 (神楽・田楽・獅子舞など)
民俗技術など、人々が日常生活の中で生み出し継承してきたもの。
無形文化財
演劇・音楽工芸技術など芸術上価値の高いもの
史跡
歴史上の出来事と深い関わりのある地。
名勝
景色がよく、 また古跡などで有名になっている所。
天然記念物
動物・植物・鉱物・地質・地形などの自然物。 |
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➀鯡 (にしん) 供養塔
(道指定有形文化財)
茅部と呼ばれていた江戸時代からニシン、サケ、コンブ等の 産地として知られていました。豊富に獲れるニシンは当時の技術では加工が間に合わず土中に埋められていました。
信心深い漁師たちがそのニシンを供養するため宝暦7年(1757) に 石塔を建立しました。 |
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③榎本軍 鷲ノ木上陸 跡地
明治元年(1868) 10月20日 (旧暦) 徳川家臣・榎本武揚は軍 艦 「開陽」等に土方歳三ら将土約 3,000名率いて鷲ノ木村に
上陸し、 旧幕府軍は陸路と海路に分かれて一路函館を目指しました。 ここから函館戦争が始まったのです。
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③鷲ノ木史跡
(国指定史跡)
鷲ノ木遺跡の環状列石は縄文時代後期前半(約4,000年前)に造られた祭や儀礼を行う場所と考えられています。 1640年に噴火した 駒ケ岳の火山灰が環状列石の上に厚く積もり保護していたため、
とても良好な状態を保っていました。 平成18年(2006)に国の指定史跡となりました。
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④冷凍機械
(町指定有形文化財)
大正9年(1920) に日本初のアメリカ製の冷凍機械を使って魚の冷凍工場が森町で燥業を始めました。
昭和44年(1969) に現役を引退するまで半世紀にわたり森沿岸で獲れた魚を冷凍して全国に出荷しました。 |
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⑤茅部の栗林
(道指定天然記念物)
森町では「茅部栗」と呼ばれ小粒ながら甘みの強 い栗として愛されています。 いつごろから自生し ているのかはわかりませんが、 遺跡から炭化した 栗が発見されていることから、縄文時代から受け 継がれたものかもしれません。 |
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⑥東蝦夷地南部藩砂原陣屋跡
(国指定史跡)
江戸時代末期の安政2年(1855) に外国船から蝦夷地を 守るために南部藩によって築かれた陣屋跡です。
当時は 50名程の兵士が任務についていました。 現在は土塁のみが当時のまま残っています。
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⑧三界萬霊塔
(町指定有形文化財)
宿野辺と呼ばれていたこの付近は東蝦夷地の要路として栄え、文久3年(1863)にこの塔が建立されました。
三界とは仏教用語で欲界・色界・ 無色界を指し、あらゆる世界の霊を供養するためのものと伝えられています。
⑦三軒茶屋跡
明治6年(1873)に開通した札幌本道は函館から森町 の間を馬車が往来し多くの人が行き交いました。
その途中に休憩所として茶屋が建てられていました。 当時の井戸が今も残っています。 |
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⑨山本泰次郎の墓
森町に存在する函館戦争戦死者唯一の墓です。
伝習仕官隊差図役と して峠下村の戦いに 参加し重傷を負って霊鷲院に運ばれましたが、この地で亡くなりました。
その隣には函館戦争鷲ノ木戦没者之碑が建てられています。 |
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⑩森桟橋跡
札幌本道は森から室蘭まで海路となります。その船着場として長さ 255mにも及ぶ桟橋が作られ昭和3年(1928)まで使用されていました。 橋脚には鷲ノ木から産出した天然アスファルトが防腐剤として塗布されたといわれています。 |
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⑪行幸柳
(町指定有形文化財)
明治14年(1881)に明治天皇が森町を行幸されたことを記念して植樹されたものです。 |
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⑫内浦神社(円空仏)
永禄年間(1558~1570)に内浦三戸大権現を祀ったこの神社 には、 円空によって彫られた観音菩薩像が奉納されています。 像がいつどこで彫られたものなのか未だ謎に包まれています。
⑬斉藤家住宅 (旧盛田家) 主屋 (国登録有形文化財) 明治35年(1902)ごろ鹿部町に建設され、 平成18年(2006) に森町へ移築しました。 渡島地方の網本が住んでいた民家の特徴を今に伝えています。
大盛鉱山精錬所跡
昭和10年(1935) から昭和17年(1942) にかけて鳥崎八景の奥地 では金・銀を採掘していました。 周辺には学校や郵便局が設 置され発展しましたが、閉山後は廃墟となって当時の賑わいが偲ばれます。 |
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パンフレット③
300森町の遺跡
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301
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鷲ノ木環状列石
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鷲ノ木4遺跡
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埋設土器 |
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森桟橋
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鳥崎遺跡表面採取土偶
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はじめに
森町は、豊かな内浦の海と秀峰駒ヶ岳に囲まれた自然があふれている町です。 それは町の名前にも表れていて、 由来となった「オニウシ」という言葉はアイヌの言葉で 「木 がたくさん生えているところ」という意味を持っています。
大自然に育まれたこの町の歴史は、 縄文時代後期の環状列石 (別名:ストーンサークル) を擁する鷲ノ木遺跡と、 江戸時代に幕府の命により南部藩が国防のために築いた 砂原陣屋跡の二つの国指定史跡が示しているように他に類がありません。
昔の人々が生活していた痕跡は、遺跡として私たちが普段立っている地面の下に眠っています。 その全容を解明することは難しいかもしれませんが、発掘調査により一つず
つひも解いていくことで、私たちの生活にも様々な知見を得ることができるかもしれません。
森町教育委員会 |
はじめに
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目次
目次
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1 森町の土層
2 森町の遺跡
4 縄文時代早期の遺跡
5 縄文時代前期の遺跡
6 縄文時代中期の遺跡
8 縄文時代後期の遺跡
10史跡鷲ノ木遺跡
11環状列石(ストーンサークル) と竪穴墓域
12環状列石の周辺に広がる遺構と遺物
13鷲ノ木4遺跡
14縄文時代晩期の遺跡
16続縄文時代の遺跡
18擦文時代の遺跡
20近世の遺跡
22史跡東蝦夷地南部落陣屋跡砂原陣屋跡
24森桟橋跡 |
森町の土層
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| Ⅰ |
Ⅰ層…私たちが普段歩いている地面
Ⅱ層…1640年に噴火した駒ヶ岳の 火山灰層
Ⅲ層…中世の人々が生活していたころの地面 |
| Ⅱ |
Ⅳ層…10世紀頃に噴火した、白頭山(中国と北朝鮮の間にある火山)の火山灰層
Ⅴ層…縄文や続縄文の人々が生活していたころの地面 |
| Ⅲ |
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| Ⅳ |
Ⅵ層…約6,000 年前に噴火した駒ケ岳の火山灰層 |
| Ⅴ |
Ⅶ層…縄文早期の人々が生活していたころ の地面 |
| Ⅵ |
Ⅷ層…約12,000 前に濁川で噴火した火山の 堆積物 |
| Ⅶ |
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302森町の遺跡
森町の遺跡
1松屋崎台場跡
2二ツ山遺跡
3彦澗台場跡
4会所町台場跡
5会所町B台場跡
6四軒町台場跡
7東蝦夷地南部藩砂原陣屋跡
8姫川遺跡
9姫川2遺跡
10白川遺跡 |
11森川貝塚遺跡
12森川1遺跡
13森川2遺跡
14本内川右岸遺跡
15茂無部川右岸
16尾白内貝塚遺跡
17鳥崎遺跡
18蛯谷遺跡
19赤井川1遺跡
20赤井川2遺跡 |
21赤井川3 遺跡
22オニウシ遺跡
23御幸町遺跡
24清澄遺跡
25鷲ノ木1遺跡
26鷲ノ木2遺跡
27森桟橋跡
28鷲ノ木4遺跡
29濁川左岸遺跡
30本茅部1遺跡 |
31栗ヶ丘1遺跡
32倉知川右岸遺跡
33森川3遺跡
34上台1遺跡
35鷲ノ木遺跡
36石倉1遺跡
37森川4遺跡
38上台2遺跡
39石倉2遺跡
40石倉3遺跡 |
41石倉4遺跡
42森川5遺跡
43石倉5遺跡
44三次郎川右岸遺跡
45三次郎川左岸遺跡
46鷲ノ木7遺跡
47鷲ノ木川右岸遺跡
48蛯谷2遺跡
49駒ケ岳1遺跡
50駒ケ岳2遺跡
51駒ケ岳3遺跡
52森川6遺跡 |
森町の遺跡
森町の遺跡 |
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311縄文早期 約9,000~7,000年前
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今から約9,000年前から7,000年前は縄文時代早期と呼ばれています。煮炊きのために土器が作られ、地域によって形や文様に違いが見られるようになります。
森町では、町内の広い範囲で約8,000年前の遺跡が見つかっており、駒ヶ岳1遺跡では約200個の土坑の中から多数の土器や石器が出土したほか、
栗ヶ丘1遺跡では集石土坑を検出しています。 |
集石土坑
(栗ヶ丘1遺跡)

石蒸し料理跡? |
縄文時代早期の土器
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北海道道南 縄文時代早期の土器
AI による概要
北海道道南の縄文早期の土器は、主に津軽海峡を挟んで本州の東北地方と交流が盛んだったため、東北地方とのつながりが強い特徴があります。具体的な土器の種類としては、土器全面に縄文や撚糸文が施文された春日町式土器や、椴法華村で出土した竹管文が多用されたトドホッケ式土器などが挙げられます。
道南の縄文早期土器の特徴:
東北地方との交流:
津軽海峡を隔てた本州の東北地方との交流が盛んで、共通する土器や文化要素が見られます。
春日町式土器:
土器全面に縄文や撚糸文が施文された土器で、函館市春日町遺跡を標式とします.
トドホッケ式土器:
椴法華村で出土し、竹管文が特徴的な土器です.
石川野式土器:
縄文と半裁竹管で描かれた連続弧文が特徴的な土器です.
平底土器:
煮炊き用として、尖底土器と並んで存在しましたが、出土量は少ないです.
縄文早期の土器の用途:
煮炊き:
縄文早期には、炉や竈がまだ発達していなかったため、尖底の深鉢型の土器が煮炊き用に多く使われました.
製油:
炭化物の付着から、動物の脂肪を煮て製油に使った可能性もあります.
膠(にかわ)作り:
骨や魚の皮を煮て膠を作るのにも使われたと考えられます.
その他:
北海道で最古の土器は、帯広市の大正3遺跡から出土し、1万3千年前ころのもので、縄文時代草創期の特徴があります.
道南の遺跡からは、貝殻文や魚骨文が施文された土器も出土しています.
AI の回答には間違いが含まれている場合があります。 |
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313縄文前期 約7,000~5,000年前 円筒下層式土器文化期
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約7,000 年前から約5,000 年前までの期間は縄文時代前期と呼ばれています。 気温の上昇が ピークに達し海岸線は今より2~3m高くなっていた
と考えられています。 暖かくなったため自然環境が豊かになり食料確保が安定し、集落の形成が本格化していくようになります。
北東北地方から北海道中央部付近までの地域では、バケツのような形をした円筒土器を用いる文化が広がりをみせ、森町の遺跡でも多くの遺跡か ら円筒土器が出土しています。 |
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北海道道南 縄文時代前期の土器
AI による概要
北海道道南の縄文時代前期には、様々な種類の土器が出土しています。
特に、尖底土器が特徴的で、その中でも「円筒下層式土器」や「円筒上層式土器」といった特徴的な土器が作られました。
また、平底土器も存在し、その用途としては、煮炊きや油の保存などが考えられています。
詳細:
尖底土器:
北海道南部では、尖った底の土器が多く作られました。
・円筒下層式土器:粘土に繊維を混ぜて平底で多くの種類の縄文をつけた土器です。
・円筒上層式土器:口が大きく4つに波打ち、粘土紐が貼り付けられた土器です。
平底土器:
道南でも出現し、特に早期の初めには、尖底土器よりも出土量が少ないとされています。
これは、煮炊き用の土器が多かった時代で、まだ炉やカマドが発達していなかったため、尖底土器が主流だったと考えられています。
用途:
・煮炊き用として、現代の日常生活の鍋とは異なる用途で使われていました。
・北方原住民が行っていたように、動物の脂肪を切り刻んで加熱し、原始的な製油用の土器として使われた可能性があります。
・接着剤としての膠(にかわ)を作るために、動物の骨や魚の皮を煮たこともあったと考えられます。
AI の回答には間違いが含まれている場合があります。 |
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315縄文中期 約5,000~4,000年前 円筒上層式文化期
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約5,000 年前から約4,000年前は縄文時代中期と呼ばれています。 この時期は暖かい気候が続き安定した生活を継続することができるようになったため狩猟や漁撈、採集といった生業も活発に行われるようになり様々な道具が作られるようになりました。
複数の地域で遺跡の数が最も多くなり、大規模な住居址が見つかるようになるため、縄文時代で 最も人口が多かった期間とも考えられています。 北東北地方から北海道中央部付近にひろがる円筒土器文化は、南東北地方にひろがる大木文化の影響を受けてますます発達しました。
土器の 装飾も、縄文だけではなく粘土で貼り付けされたり、口縁部が波状になったりと、より華やかな様相になっていきます。 また、 祈りの道具も増え始め、板の様な薄い粘土板に手足や顔を表現した板状土偶というものが作られています。
森町でも最も遺跡の数が多くなり、 濁川や石倉、森川といった地区で 遺跡が増加していきます。また、オニウシ遺跡や御幸町遺跡では複数の土坑や竪穴住居址が出土するようになります。
鷲ノ木遺跡では、大型の板状土 偶が出土しています。 |
縄文中期 |
縄文中期 |
縄文中期の遺跡 |
縄文中期の土器 |
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北海道道南 縄文時代中期の土器
AI による概要
北海道道南の縄文中期の土器は、円筒上層式土器が特徴で、東北地方と同一の文化圏を形成していました。
この土器は、前期の円筒下層式の伝統を受け継いでおり、石狩低地帯まで分布しています。
また、日本海沿岸を北上し、礼文島にも遺跡が残っています.
特徴的な土器:
円筒上層式土器:縄文土器の典型的な形式で、円筒状の土器に上層が付けられたもの.
押型文:表面に波形や格子状の模様が彫られた木の棒を転がして模様をつけたもの.
櫛歯文:櫛の歯で模様をつけたもの.
竹管文:竹管を用いて模様をつけたもの.
縄文土器の概要:
厚手:弥生土器と比較して厚手で、低温で焼かれた.
縄目模様:表面に縄目模様が特徴的で、このことから「縄文土器」と名付けられました.
色:黒褐色で、低温で焼かれているため、薄い色合いをしていることが多い.
用途:貯蔵、調理、食器など、多種多様な用途で使われた.
AI の回答には間違いが含まれている場合があります。
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円筒上層式土器
AI による概要
円筒上層式土器は、縄文時代中期(約5400~4900calBP)に北海道・北東北地方で栄えた、特徴的な土器の形式です。
具体的には、口縁部が外側に大きく広がり、装飾性の高い文様が施されるのが特徴です。
円筒上層式土器の特徴:
器形:
口縁部が外側に大きく開き、まるで花びらが開いたような形をしている。底部は狭く、胴部はゆるやかに張っている。
装飾:
口縁部には厚い隆帯が施され、その上に縄文や粘土紐が貼り付けられる。
また、4つの突起が付けられ、その周囲に粘土紐や文様が施される場合がある。
文様:
縄文、撚糸文、押圧文など、様々な文様が施される。
サイズ:
縄文時代の前期の円筒土器と比較して、大型化する傾向がある。
分布:
北海道から東北地方にかけて、特に青森県や秋田県で多く見つかる。
円筒上層式土器の変遷:
前期の円筒土器との違い:
円筒下層式土器は、器形がより筒状で、装飾も単純である。
円筒上層式土器は、装飾が複雑化し、器形も変化していく。
中期から後期への移行:
中期の円筒上層式土器は、装飾がさらに高度化し、大型化する。
後期には、円筒土器の伝統が受け継がれつつも、多様な形の土器が出現する。
円筒上層式土器の役割:
生活用品:土器は、調理や保存に用いられたと考えられている。
儀礼用品:装飾性の高い土器は、儀礼や呪術的な意味合いを持つ可能性もある。
文化の象徴:円筒土器は、縄文文化を代表する重要な遺産の一つであり、その形状や装飾は、縄文時代の文化や社会を理解する上で重要な手がかりとなる。
北海道七飯町や三内丸山遺跡など、円筒上層式土器の出土した遺跡では、土器の展示や説明がされており、その特徴や役割を理解することができます。
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縄文中期の遺跡
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316遺物
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石組炉(御幸町遺跡)
御幸町遺跡は道路の拡張のために森町役場と森町公民館の間を発掘調査した際に発見された遺跡です。
縄文時代の他に擦文時代や中世~近世の遺物や遺構が出土しています。 |
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土器集中 (鷲ノ木2遺跡)
鷲ノ木2遺跡は JR湯ノ崎トンネル上の丘陵上にある遺跡です。
1m×1mの範囲に多数の土器片が散らばっており、
円筒土器文化と大木文化が合わさったような土器が出土しています。 |
土器集中
(鷲ノ木2遺跡)
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板状土偶(鷲ノ木遺跡)
鷲ノ木遺跡から出土した大型の板状土偶です。
胴体の大部分は出土していませんが、完形であれば 30cmを超える大きさであったと推測されています。
左腕には修理のためにあけられた穴(補修孔) と割れた箇所を粘土で張り付けた痕跡があり、
縄文時代の人々が道具を大切に使っていたことが分かります。 |
板状土偶(鷲ノ木遺跡) |
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320縄文後期 約4,000~3,500年前 環状列石や周堤墓など記念物の時代 |
321縄文後期
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今から約4,000年前から約3,500年前までの期間を縄文時代後期と呼んでいます。この時期は、 これまで温暖であった気候が一時的に寒冷化し、集落は分散して小規模なものが作られるようになります。
土器や土偶などにも変化が現れ、 日常生活と非日常生活との区別がより進みました。
土器は注口がついたものや壷形・皿形・高坏など特殊な形の器が増え、土偶は板状のものから足や顔の表現がより立体的につくられ、自立するものへと変化していきました。
また、道具だけではなく環状列石(ストーンサークル)や周堤墓などの巨大施設の造成なども行われ、北東北地方と北海道の広範囲にわたって共通の精神文化が形成されていたと考えられています。
森町では約4,000年前に造られた 北海道最大規模の環状列石(ストーンサークル)が見つかっているだけではなく、
周辺の遺跡からも祭祀や 儀式で使う道具が出土しています。
二ツ山遺跡などで竪穴住居址が調査されていますが、環状列石を作ったと考えられる人が生活をしていた集落は未だに発見されていません。 |
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322
栗ヶ丘1遺跡
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石組炉(栗ヶ丘1遺跡) |
石組炉(栗ヶ丘1遺跡)
栗ヶ丘1遺跡は鳥崎川の河口から 1.7kmほど上流にある遺跡です。「コ」の字状に並べられた石
組炉が見つかっているほかに、縄文時代早期~続縄文時代までの遺物が多数出土しています |
二ツ山遺跡
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1997(平成9年) 調査時遺物出土状況 (二ツ山遺跡)
『砂原町史写真集 ふるさとサワラ 海とお山人々と』より引用
1997年(平成9年) 調査時竪穴住居断面 (二ツ山遺跡)『砂原町史』より引用 |
二ツ山遺跡
二ツ山遺跡 |
2017年(平成29年)調査時遺物表採状況
(二ツ山遺跡)
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2017年(平成29年)調査時現況(二ツ山遺跡)
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二ツ山遺跡は砂原町の海岸段丘上にある遺跡です。
砂原町教育委員会 (当時)によって発掘調査され、貝塚と竪穴住居址が確認されています。森町教育委員会が現況を確認し、沢沿いに土器や 縄文時代の貝類が散らばっている様子を見つけることができました。
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323鷲ノ木遺跡 縄文時代後期前半
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鷲ノ木遺跡は噴火湾沿岸から約1km内陸の標高70mの丘陵上にあり、約4,000年前(縄文時代後期)の環状列石(ストーンサークル) と竪穴墓域を持っている遺跡です。
環状列石は北海道最大規模である直径約37m×34m のほぼ円形で、中央にある楕円の配石と 外側をめぐる2重の配石による3重の円により構成されています。
角の取れた円礫が約600個並べられており、外側をめぐる2重の配石のうち、
外帯には長径平均20~40cmの石が、 内帯には長径平均30~60cmの石がそれぞれ規則的に配置されています。
これらの石は1km離れた桂川の河口から運ばれてきたものと考えられています。
竪穴墓域は二つ確認されており
1号は環状列石から南約5mの場所にあり、大きさ約12m×9m の 竪穴の中に7基の土坑墓と4基のピットが作られています。
2号は環状列石から南東に5mほど離れ た場所にあります。
遺跡全体が 1640年に噴火した駒ヶ岳の火山灰に覆われていたため、保存状態が極めて良好な状態で発見されました。発見のきっかけとなったのは高速道路の建設で、事前の発掘調査を森町 教育委員会で行ったところ、道路を建設する予定の土地から環状列石と竪穴墓域が出土しました。
発見当初は遺跡を壊してしまう予定でしたが、重要性が認識され、北海道教育委員会及び森町と東日本高速道路(株)で保存に向けた協議を重ねた結果、2005年(平成17年)に環状列石の直下をトンネル化して地下に道路を整備すると共に環状列石と竪穴墓域を現地保存することが決定されました。
縄文時代の精神世界、北海道と本州の交流を考える上で重要な遺跡であることから2006年 (平成18年)に国指定史跡となり、その後も継続した発掘調査により遺跡がさらに海側へと広がることが分かったため、2012年(平成24年)に80,136.37㎡が追加指定されました。 |
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324環状列石と竪穴墓域
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環状列石(ストーンサークル)
時 代:縄文後期前半 (約4,000年前)
形 状:ほぼ円形に近い楕円形
遺跡構造: 外帯・内帯・中央配石の3重構造
大きさ:(外帯) 約37×34m、
(内帯) 約36×33m
(中央配石)約4×3m
石の数: 602 個
石の種類: 安山岩、 玄武岩など |
竪穴墓域
竪穴墓域1号 |
竪穴墓域2号 |
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竪穴墓域(1号)
時代: 縄文後期前半(約4,000年前)
形状: (竪穴部) 長径約12m、 短径約9m 深さ約0.2m
(土坑)直径約1~2m、 深さ 0.5~1m
遺構構造: 竪穴内に土坑が7基とピットが4基
副葬品: 環状列石と同時期の土器や石器
検出位置:環状列石より約5m 南西
南東側に竪穴墓域 (2号)も存在 |
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325環状列石周辺遺跡
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鷲ノ木遺跡は噴火湾に流れ込む桂川の2本の支流(上毛無沢川・下毛無沢川に挟まれた丘陵の上に立地しています。
標高約70mに造られている環状列石と竪穴墓域の周辺には同時期の埋設土器だけではなく、
縄文時代中期の竪穴住居址があるなど複数時期の遺構と遺物が確認されている。
環状列石の東側には標高約40m の一段低い丘陵上に縄文時代前期から続縄文時代までの遺物が多く出土しています。 |
環状列石周辺の遺跡 |
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史跡指定範囲と
調査区域 |
※
地図中に、以下の出土場所が明記されていないため、
地図内に発見位置を記入することは断念しました。ただし、
地図内には円や楕円で何かの範囲を示しています。
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➀大規模な窪地地形
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②石組炉を持つ竪穴住居址
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③配石遺構 |
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④環状列石に隣接する埋設土器と接合後 |
⑤縄文中期の竪穴住居址 |
縄文後期の環状列石に
縄文中期の竪穴住居址 |
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※鷲ノ木遺跡 環状列石 のまとめ
➀立地 環状列石の作られた場所は山中で、縄文前期から続縄文時代までの遺物が多数出土している。
ただの山ではなく、何らかの重要な意味のあった場所のようである。
②経過 縄文時代中期の竪穴住居跡を検出。縄文後期前葉の環状列石と同時期に築造された竪穴墓域を検出。
但し、竪穴住居跡は、縄文後期初頭頃との発掘報告がある。
③経過2 鷲ノ木環状列石から30m離れた近隣の山の斜面に鷲ノ木4遺跡があり、この斜面には20以上もの土壙墓群がある。※土坑崩落数不定
④考察 北東北地方の環状列石の下からは土壙墓が発見され、多量の副葬品や時には人骨さえ見つかることがある。
鷲ノ木環状列石の下には土壙墓はなく、石を集めて規則的に並べたモニュメントだったようです。
そして、埋葬墓は、環状列石とは別に墓域を設けて埋葬した。それが、鷲ノ木遺跡竪穴墓域や鷲ノ木4遺跡斜面土壙墓群です。
すると、この環状列石は何に使ったのでしょうか。
⑤発展 縄文時代後期後半になると、環状列石の下に土壙墓があったり、周堤墓などの墓地形態の変化が始まります。
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326鷲ノ木4遺跡 縄文時代後期前葉
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鷲ノ木4遺跡は鷲ノ木遺跡から上毛無沢川を挟んで約30mほど離れた場所にある遺跡です。鷲ノ木遺跡と同様に高速道路建設に伴い発見されました。
遺構は、標高約50mの平坦面と標高約50~60mの斜面、標高約 65mの尾根上平坦面で見つかっており、斜面の直下には石垣状配石遺構が検出されて います。
石垣状配石遺構は、約3,600~3,400年前に造られたもので、約35mの長さで石を立てて並べてあります。
石の上にさらに石を積み上げた石垣状の特殊な構造が特徴です。
また斜面の裾部分の土を大量に削って平らな面を造りだして石が並べられており、大規模な土木工事をしていた様子がうかがえます。
斜面土坑
斜面上には地面を深く掘りこんだ多数の大型土坑が検出され、 その中には人のお墓とかんがえられているものも複数あります。
人骨は残されていませんが、土坑の中から副葬品と思われる土器や石器、礫が見つかっています。
また、環状列石と関わりのある遺物も多数出土しており、町指定文化財にもなっている鐸形土製品(イカ形土製品)は、この遺跡から出土しました。 |
鷲ノ木遺跡 |
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斜面土坑
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大型の土坑 |
石垣状遺構
イカ形土製品
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鷲ノ木4遺跡 北海道茅部郡森町字鷲ノ木505ほか
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種別:散布地
時代:縄文前期
主な遺構:縄文土器 石器
特記事項:
縄文時代後期前葉の斜面に構築された土壙墓群(墓域)。斜面土壙墓
縄文時代後期中葉の配石遺構・広範囲な削土・造成土。
縄文時代後期の6本柱掘立柱建物跡。鐸形土製品・キノコ形土製品・オロシガネ状土製品・耳栓・三角形土製品・石棒・石刀・石冠・
三角形石製品・軽石製石製品・ヒスイ製玉・魚形石器・有溝石錘・ガラス玉・ヒグマ基節骨製垂飾
種別:散布地・包含地
時代:縄文前期
主な遺構:土坑1
主な遺物:縄文土器 石器
種別:散布地・包含地
時代:縄文中期
主な遺構:土坑1
主な遺物:縄文土器 石器
種別:集落
時代:縄文後期
主な遺構:竪穴建物11 掘立柱建物1 竪穴上層遺構4 大型土坑3 土坑58 配石墓3 石組炉15 焼土65 骨片集中2 立石 堀り上げ土1
土器集中55 石器集中6 集積2 配石1 柱穴状小ピット281
主な遺物:土器 石器 土製品 石製品
種別:散布地・包含地
時代:縄文晩期
主な遺構:土坑6 石組炉2 焼土4 埋設土器2 石器集中2 小ピット4
主な遺物:土器 石器 石製品 骨製品
種別:散布地・包含地
時代:続縄文
主な遺構:焼土5 骨片集中17 石器集中5 集石1
主な遺物:土器 石器 玉(ガラス製)
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331縄文晩期 約3,000~2,300年前 亀ヶ岡式土器文化期
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約3,000年前~約 2,300年前の期間は、縄文時代晩期と呼ばれています。やや涼しくなり現在と同じくらいの気候になります。
北東北地方と北海道南部では、土器や土偶などは芸術的な工芸品のように装飾されたり、複雑な器形のものがつくられたりしていました。
縄文晩期にひろがるこの文化は「亀ヶ岡文化」と呼ばれています。祭祀や儀式が充実し、土器も日常で使う土器と儀式で用いる土器が分けられるようになります。
森町の遺跡では、
森川2遺跡では石組炉を伴う当時の生活面が検出されているほか、
鷲ノ木4遺跡では縄文晩期の捨て場遺構が確認されています。
遺跡の数は後期よりも少なくなりますが、多量の土器が見つかっています。
また、鳥崎川の周辺で土偶や赤彩土器が拾われており、 2019年に現地を調査したところ縄文時代晩期の遺物が多数地表面に露出している様子を確認することができました。 |
縄文時代晩期 |
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縄文晩期の遺跡 |
捨て場遺構
鷲ノ木4遺跡
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縄文晩期の土器 |
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森川2遺跡
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旧河川に隣接する
縄文晩期の生活面
森川2遺跡
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旧河川に隣接する縄文晩期の生活面
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石組炉 |
鳥崎遺跡
鳥崎遺跡の現況 |
土器が露出した状況
鳥崎遺跡周辺で拾われた土偶
鳥崎遺跡周辺で拾われた土器
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333続縄文時代 約2,300~1,400年前 弥生~古墳時代
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約2,000年前には大陸から伝わった稲作や鉄器製作技術が西日本から東北地方にかけてひろが り、弥生時代へと移り変わっていきます。
一方、北海道は稲作が伝来せず縄文時代の生活が発展していき、この時代を「続縄文時代」と呼んでいます。
当時の人々は狩猟・漁労・ 採集を生業としながらほかの地域の人々とも積極的に交流し、弥生時代の文化やサハリンの文化などの影響を受け、
北海道独自の文化を形成していきます。
森町でも続縄文時代の遺跡は確認されていて、 鷲ノ木遺跡では大量の続縄文土器や、列をなした焼土などが検出されました。
また、尾白内貝塚では、この時期の大規模な貝塚が見つかっており、 ヒラメやクジラなどの動物骨や土坑墓から副葬品が出土しています。 |
続縄文時代 |
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続縄文時代の遺跡 |
環状列石上の焼土列
鷲ノ木遺跡 |
続縄文時代の土器 |
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335擦文時代 約1,400~800年前 西暦600年頃(飛鳥時代)~1200年頃(平安末期) 7世紀後半~13世紀頃まで
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約1,400年前から約800年前、本州では飛鳥・ 奈良・平安時代であったころの北海道は続縄文時代に続き独自の文化を形成していました。
この時期に使われていた土器が木のへらのような 工具で擦った文様が付けられていたことから 「擦文時代」と呼ばれています。
擦文時代には北海道とほかの地域の人々との交流が活発に行われていたと考えられており、本州と同じようにカマド付きの四角い竪穴住居で生活を営み、本州で使われている土師器や須恵器、 鉄製品などを手に入れていました。
特に鉄製品は北海道内に急速にひろまり、これまで用いられていた石器はその姿を消していきます。
森町の遺跡では、擦文時代の遺跡 はあまり見つかっておらず、出土している資料も少ないため詳細が分からないことも多くあります。
しかし、御幸町遺跡から大型の須恵器が出土していることから、本州との交流があったことをうかがうことができます。
※五所川原窯から大型須恵器甕を船に乗せて運んできた。そうとう大きな船がつくられるようになっていたようです。 |
須恵器 御幸町遺跡 五所川原窯
須恵器甕(御幸町遺跡) |

五所川原窯
五所川原市 |
須恵器甕(御幸町遺跡)
御幸町遺跡の土坑から出土した大型の須恵器壺です。 口縁部と 底部は欠損していて見つかっていないため、復元されています。 胴部最大径は約41cm、
残存している部位での高さは約49cm あります。北海道で作られたものではなく、 蛍光X線分析により青森 県五所川原窯跡群で製作された可能性が高いもの推測されており、
交易により森町に運ばれたものと考えられています。 |
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340近世 約16世紀後半~19世紀初頭 1551年~1869年 安土桃山時代~江戸末期 |
341
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本州で武士が台頭し始めたころ、北海道はアイヌの人々が生活していた時代です。
北海道南部 は本州から渡ってきた人たちが移り住むようになり、本州から来た人々とアイヌの人々が混在して暮らしていました。
砂原に1532年、 鷲ノ木には1601年に本州から出稼ぎにきた漁師たちが定住し 村を作りました。
この時代の森町の遺跡では、上台2遺跡や森川5遺跡、鳥崎遺跡などから畑跡と 推測される畝状遺構が多く検出されています。 |
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342台場
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森町に築かれた台場 松屋崎台場跡
江戸時代の終わりころになると、江戸幕府の影響が強くなり、 外国船の北海道への侵入を警戒して砂原に陣屋が築かれます。
噴火湾の南岸に位置する森町は、 海防上の重要地点と捉えられており、1868年に箱館戦争に先立ち榎本武揚率いる旧幕府軍が鷲ノ木村に上陸した際には、 鷲ノ木から砂原にかけての海岸線に複数の台場を築き、 新政府軍の進攻を警戒していました。
湯ノ崎丘陵の上にも台場が築かれていたと伝えらていますが、詳しい場所は特定できていません。 |
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松屋崎台場跡は噴火湾に面する標高約30m に造られた台場跡です。
海側は崖になっており、 半分ほど崩落していますが、 土塁と掘は残されています。
土塁は高いところで約 0.8mの高さがあり、 麺は幅約2m、 最も深い部分で約 0.6m 掘りこまれています。 |
松屋崎台場掘跡
松屋崎台場跡入口
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343陣屋跡
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史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡 砂原陣屋跡
東蝦夷地南部藩陣屋跡砂原陣屋跡は、噴火湾の沿岸より100mほど内陸に入った駒ヶ岳の麓の標高約14mの地点に建てられた陣屋です。江戸時代の終わり頃は海外進出を目論む欧米諸国が 幕府に強い圧力をかけていた時期であり、特に北海道はロシアやアメリカが頻繁に接近を試みていました。
そのため、北海道への外国船の侵入を警戒を命じられた南部藩によって築かれた陣屋のうちの一つになります。 南部藩は砂原の他に室蘭と長万部にも陣屋を造り、噴火湾に入ってきた外国船を迎撃する体制を整えました。
砂原陣屋には1868年に引き上げるまで常に30名ほどの藩士が駐屯していたと言われています。 現在は建物は残されていませんが、土塁はほぼ全周にわたり良好な状態で残されています。
江戸幕府の外交、 海外情勢を伝えるものとしてモロラン陣屋跡、オシャマンベ陣屋跡とともに国指定史跡になっています。
砂原陣屋の大きさ
形 状: 方形
東西方向: 約67m(37間)
南北方向: 約59m(33間)
土塁の高さ 約3m
総面積 約9,900㎡ |
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344史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡砂原陣屋跡
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2011年から2012年にかけて森町教育委員会に よって発掘調査が行われ、深さが3m 近くある掘を 検出しました。堀を埋めている土からは陶磁器3点 と木製品1点が出土しています。 堀bの底面には粘 土が貼付けられている様子が見てとれました。 |
史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡
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陣屋跡 |
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堀底面の状況
堀跡調査状況
陶磁器出土状況 |
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発掘調査のほかにレーダー探査により遺構の有無を調査しています。この調査では土塁の外側を
めぐる掘のの位置や土塁内部の建物跡などに大まかな検討を付けることができます。 |
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レーダー探査の様子(土塁周辺)
レーダー探査の様子 |
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345森桟橋 1782(明治5)~1928(昭和3)
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森桟橋跡は、森駅のすぐ東に位置し、水深0.8m~標高 0.2mの海辺に立地する水際の遺跡です。 満潮になるとその大部分は海中に沈み、 干潮時にその姿を見せるようになります。
桟橋が造られたのは1872年(明治5年)から1873年(明治6年)にかけてのことです。 函館から札幌までを結ぶ札幌本道のうち、唯一の海路として森―室蘭間に整備された森蘭航路の発着口として築造されました。
全長約258m、 幅約 6.3m、南北に伸びた前方部が「く」の字状に折れ曲がる形状をしていて、橋脚の木材には当時の森町でよく見られたクリの木や堅いナラの木が使われていました。
町には、榎本武揚が木杭が腐らないように鷲ノ木から採れる石油を防腐剤として塗るよう助言したという逸話も残されています。
森蘭航路は 1893年(明治26年)に一度廃止となったものの1910年(明治43年)に再開し、 1928年(昭和3年)に長万部と室蘭間を結ぶ鉄道が開通し、
その役割を終えるまで多くの人々の足となっていました。その中には、明治天皇の一向もおり、上陸を記念した明治天皇上陸記念碑が桟橋の北側に建てられています。
航路の廃止後、桟橋はそのまま捨て置かれ、風雨にさらされながら次第に削られていき、現在は砂に埋もれた杭跡の一部を残すのみとなっています。
2018年から2019年にかけて調査が行われ、 251本の木杭と杭同士を繋ぐ板材を23 枚確認する ことができました。砂を除くと市街地に向かって木杭の列が伸びている様子も見てとれるので、砂の中にはまだ多くの杭が残されているものと思われます。桟桟橋跡の東側に隣接してコンクリート製と
推測される構造物跡も見つかっていますが、桟橋の近くに構造物があったという記録が少なく、詳細は不明です。 |
森桟橋跡 |
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桟橋跡
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桟橋跡の空撮
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砂に埋没した木杭 |
桟橋に隣接するコンクリート製構造物跡
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市街地方面に続く木杭と板材
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346イカ形土製品
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パンフレット④
400冷凍機械 森町指定文化財 ―日本の冷凍食品事業発祥の地―
冷凍機器 |
日本冷凍食品事業の始り
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冷凍機器の歴史 |
冷凍機器の役割と冷凍冷蔵工場
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各地に作られた冷凍冷蔵工場
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冷凍食品自儀容の黎明
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冷凍鮮魚の価値
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地図
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パンフレット⑤
500北海道・北東北の縄文遺跡群 |
501
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特別史跡 三内丸山遺跡(青森市)
特別史跡 大湯環状列石(鹿角市)
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史跡 北黄金貝塚(伊達市)
史跡 御所野遺跡(一戸町)
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502
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世界遺産登録までの歩み
北海道・北東北は、 世界遺産「白神山地」や 「知床」 をはじめとした美しい自然が今なお色濃く 残る緑豊かなところです。
この自然の恵みを受け、 先人たちは1万年以上 の長きにわたり、採集・漁労・ 狩猟を基盤とした 定住を発展・成熟させ、精緻で複雑な精神文化 を育みました。
我が国最大級の縄文集落跡である特別史跡 三内丸山遺跡 (青森市) や大規模な記念物である 特別史跡大湯環状列石 (鹿角市)をはじめ、北海道
から北東北に残る数多くの縄文遺跡は、我が国の歴史と文化の成り立ちを今に伝える貴重な文化 遺産です。
これらを人類共通の宝として未来へ継承していくため、 北海道、青森県、岩手県、秋田県及び 函館市、千歳市、伊達市、森町、 洞爺湖町、 青森市、
弘前市、八戸市、 つがる市、 外ヶ浜町、 七戸町、 一戸町、 鹿角市、北秋田市では、北海道・北東北 の縄文遺跡群の世界遺産登録を目指して活動を
推進してきました。
2021年7月27日、 ユネスコ世界遺産委員会 は、 北海道・北東北の縄文遺跡群を農耕社会以前の人々の生活と精神文化を示す稀有な文化遺産として、 世界遺産一覧表に記載することを 決議しました。 |
経緯
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2007年 8月
2009年 1月
2009年 6月
2018年 7月
2019年12月
2020年 1月
2020年 9月
2021年 5月 |
北海道・北東北知事サミットで、 4道県が 「北海道・北東北の縄文遺跡群」を 共同で提案することを確認
ユネスコの世界遺産暫定一覧表に記載
縄文遺跡群世界遺産登録推進本部を設置 (本部長 三村 申吾 青森県知事)
国内の世界文化遺産推薦候補に選定
政府によるユネスコへの推薦が決定
ユネスコに登録推薦書を提出
国際記念物遺跡会議 (ICOMOS) による現地調査
ICOMOSから世界遺産一覧表への記載が適当との勧告 |
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2021年 7月 27日 第44回世界遺産委員会拡大会合で記載決定 |
経緯
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北海道・北東北の縄文遺跡群
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構成資産
北海道・北東北の縄文遺跡群は、 北海道6 遺跡、青森県8 遺跡、 岩手県1遺跡、 秋田県 2遺跡の合計17遺跡で構成されています。
また、理解の一助となる関連資産が北海道と青森県に合計2遺跡あります。 |
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507
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顕著な普遍的価値
北海道・北東北の縄文遺跡群は、農耕社会以前の人々の生活と複雑な精神性を示す17の考古遺跡 から構成され、紀元前13,000年頃から紀元前400年頃にかけて北東アジアで発展した狩猟・漁労・採集 社会における定住の開始、 発展、 成熟を示す稀有な物証として、顕著な普遍的価値が認められます。
評価基準への適合
世界遺産委員会は、評価基準の(ii)及び(v)の下に、世界遺産一覧表に記載することを決議しました。
評価基準(ⅲ)
現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する証拠として 無二の存在 (少なくとも稀有な存在)である。
北海道・北東北の縄文遺跡群は、1万年以上もの長期間継続した狩猟・漁労・採集を基盤とした、世界的にも 稀な定住社会と、足形付土版、有名な遮光器土偶などの考古遺物や墓、 捨て場、 盛土、環状列石などの考古遺構 から明らかなように、そこで育まれた精緻で複雑な精神文化を伝える類まれな物証です。
評価基準(ⅴ)
ある一つの文化 (または複数の文化) を特徴づけるような伝統的居住形態若しくは陸上・海上の 土地利用形態を代表する顕著な見本、又は人類と環境のふれあいを代表する顕著な見本である (特に不可逆的な変化によりその存続が危ぶまれているもの)。
北海道・北東北の縄文遺跡群は、定住の開始からその後の発展、最終的な成熟に至るまでの、集落の定住の在り方 と土地利用の顕著な見本です。 縄文人は農耕社会に見られるように土地を大きく改変することなく、気候の変化に 適応することにより永続的な狩猟・漁労・採集の生活の在り方を維持しました。 食料を安定的に確保するため、 サケが遡上し、 捕獲できる河川の近くや汽水性の貝類を得やすい干潟近く、あるいはブナやクリの群生地など、集落 の選地には多様性がみられます。それぞれの立地に応じて食料を獲得するための技術や道具類も発達しました。
完全性・真実性
資産を構成する17の構成資産の範囲は個々で適切であり、資産の顕著な普遍的価値を示す属性を満たして います。 考古遺構のほとんどは何千年間、良好な状態で地下に保存されており、各構成資産の位置、 形状・意匠、 材料・材質、用途・機能、伝統・技能、精神性・感性について真実性が保持されています。
保存管理
資産を構成する17の構成資産は文化財保護法により史跡又は特別史跡に指定されています。 各構成資産の周囲 には緩衝地帯が設定され、 法的規制措置が講じられています。
資産全体の保存管理の基本方針を示した包括的保存管理計画を策定し、その計画に基づいて縄文遺跡群世界 遺産保存活用協議会が保存・活用を推進しています。
(世界遺産委員会決議 44COM 8B.37 を一部抜粋) |
顕著な普遍的価値
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508特徴的遺物
特徴的遺物 |
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特徴1
クリ・クルミ・ トチノキ、石錘 |
特徴 1
自然の資源をうまく利用した生活を示すこと
森や海、川などの自然の恵みを持続的に管理・利用することによって、1万年以上もの長期にわたって、農耕社会に移行することなく、気候の温暖化や寒冷化にも適応しながら、
採集・漁労・狩猟を生業に定住したことを伝えます。 |
特徴 2

土偶、足形付土版 |
特徴 2
祭祀・儀礼を通じた精緻で複雑な精神性を示すこと
死者を埋葬する墓地、祭祀・儀礼の場として使われた貝塚や盛土、組石を円環状に配置した環状列石のほか、足形付土版や土偶などの出土品によって、定住生活の初期段階から、人々が複雑な精神文化を発展させたことを伝えます。
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特徴3
北黄金貝塚
(北海道伊達市) |
特徴 3
集落の立地と生業との関係が多様であること
食料を安定的に確保するため、人々はサケが遡上する河川付近や木の実が豊富な丘陵や山地、魚や貝が捕れる内湾や 湖沼沿岸など多様な地形に集落を営み、その立地環境に合わせて食料を獲得するための技術や道具を発達させました。 |
特徴4
竪穴建物跡、貯蔵穴 |
特徴 4
集落形態の変遷を示すこと
紀元前13,000年頃に定住が始まりました。 その後も、 農耕社会に見られるように土地を大きく改変することなく、気候の温暖化や寒冷化などの環境変化にも適応しながら、生活の拠点となる集落形態を変えてきたことを示します。 |
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511集落展開及び精神文化に関する6つのステージ
※この図は、あまりにも素晴らしくまとめられていて、ページ内の表の上で再構成することができません。
下にまねてみましたが、ダメですね。 |
集落展開及び精神文化に関する6つのステージ
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集落の展開 |
構成資産及び立地 |
気候 |
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紀元前
13,000 |
ステ│
ジⅠ定住の開始 |
Ⅰa
居住地の形成 |
土器の使用を開始 |
1大平山元遺跡
(内陸の河川付近) |
氷期の終焉と温暖化の開始
気温現在よりも低い |
紀元前13,000年頃に地球全体の気候が暖かくなり、 自然環境が大きく変わりました。
その頃、土器の使用が始まりました。
土器の登場によって食 料の貯蔵や煮炊きが可能となり、食料の種類も増え、食生活が豊かになりました。
土器は重量があり壊れやすく、頻繁な持ち運びに適さないため、定住の開始を示す指標の一つと考えられています。 |
紀元前
7,000 |
ステ│
ジⅠ定住の開始 |
Ⅰb
集落の成立 |
居住域と墓域の分離
独特な墓制の成立 |
2垣ノ島遺跡
(外洋の沿岸立地) |
温暖化と海進
気温現在よりも高温
▲有珠山噴火 |
紀元前7,000年頃には落葉広葉樹の森林が平野部や海岸線まで広がりました。
人々は水辺近くの丘に集落をつくり、竪穴建物に暮らすようになり ました。
やがて、竪穴建物からなる居住域と、死者を埋葬する墓域が形成され、日常と非日常の空間が分かれました。
墓域の出現は、集落に居住する人々の結びつきを強め、祖先崇拝にもつながったと考えられます。 |
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紀元前
5,000 |
ステ│
ジⅡ定住の発展 |
Ⅱa
集落施設の多様化 |
集落の施設の充実
祭祀場的な捨て場が形成 |
3北黄金貝塚
(外洋の沿岸立地)
4田小屋野貝塚
(内湾の沿岸立地)
5二ツ森貝塚
(湖沼の沿岸立地) |
火山噴火後に気候が安定
気温現在よりも高温
▲駒ケ岳噴火
▲十和田カルデラ噴火 |
紀元前5,000年以降も温暖な気候が続きました。
海や湖沼、川の近くの小高い丘に集落が形成され、竪穴建物や墓のほか、食料を保存・保管する貯蔵穴、食べた貝殻や動物の骨などを捨てた貝塚や捨て場もつくられま した。
貝塚からは人骨や意図的に破壊した土器・石器等もみられ、単なるゴミ捨て場ではなく 祭祀的な空間として機能したと考えられています。 |
紀元前
3,000 |
ステ│
ジⅡ定住の発展 |
Ⅱb
拠点集落出現 |
集落の祭祀場が多様になる
祭祀場が顕著となる |
6三内丸山遺跡
(内湾の沿岸立地)
7大船遺跡 (外洋の沿岸立地)
8御所野遺跡 (内陸の河川付近) |
安定した温暖な気候
気温現在よりも高温 |
紀元前3,000年頃になると、規模が大きく、長期間継続し、地域の拠点 となる集落が登場しました。
集落には、多様な施設が配置され、祭祀・儀礼の空間も発達しました。
中でも、盛土には土砂とともに、大量の土器や石器が廃棄され、土偶などのまつりの道具も多く出土することから、世代を超えて祭祀儀礼が行われていたと考えられています。 |
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紀元前
2,000 |
ステ│
ジⅢ定住の成熟 |
Ⅲa
共同祭祀場と墓地の進出 |
集落は小規模となり分散
集落外に共同の祭祀場と墓地を構築し維持管理 |
9入江貝塚
(外洋の沿岸立地)
10小牧野遺跡
(山岳に立地)
11伊勢堂岱遺跡
(山岳の河川付近)
12大湯環状列石
(丘陵に立地) |
気候の一時的な寒冷化
気温現在よりも低温 |
紀元前2,000年頃に気候が冷涼化すると、集落の規模は小さくなり、人々は分散して居住するようになりま した。
それぞれの集落の結びつきを強めるため、環状列石のような大規模な共同祭祀場・共同墓地が構築されました。
環状列石の構築には多くの時間と労力を必要とするため、複数の集落の人々が協力して構築し、維持・管理したと考えられています。 |
紀元前
1,500
紀元前
400 |
ステ│
ジⅢ定住の成熟 |
Ⅲb
祭祀場と墓地の分離 |
祭祀・儀礼が充実し、共同墓地・共同祭祀場が顕著となる |
13キウス周堤墓 (丘陵に立地)
14大山勝山遺跡
(山岳に立地)
15高砂貝塚 (外洋の沿岸立地)
16亀ヶ岡石器時代遺跡 (内湾の沿岸立地)
17是川石器時代遺跡
(内陸の河川附近) |
冷涼な気候 気温現在よりも低温 |
紀元前1,500年頃以降も冷涼な気候が続きました。
小規模な集落が継続し、集落の結びつきを深めるため、共同の祭祀・儀礼の拠点となる祭祀場や墓地が構築されました。
中でも葬送儀礼が発達し、共同墓地は祭祀場とは別な場所につくられました。土手で囲まれた周堤墓、 審美性豊かな土偶や多彩な副葬品が出土する墓地など、祭祀儀礼の充実を伝えます。 |
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521北東アジアの先史文化と縄文遺跡群
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紀元前13,000 年頃になると、地球規模で急激な温暖化が進み、自然環境が大きく変わりました。 日本列島の東日本ではブナやクリなどの落葉広葉樹、西日本ではカシやシイなどの常緑広葉樹(照葉樹)
の森林が広がりました。 動物も大型動物が絶滅し、シカやイノシシなど中型・小型の動物が多くなりました。
このような環境変化に適応するかたちで、人々の生活も 移動 (遊動) から定住(特定の場所に一定期間住み続ける生活)へと変わりました。
中国大陸の長江 (揚子江) 中・下 流域では稲作農耕、
黄河中・下流域から遼河流域ではアワキビの雑穀農耕、
中国東北部からロシア極東、 朝鮮半 島、そして日本列島では狩猟採集・漁労を基盤として定住が成立しました。
北東アジアの狩猟採集文化は、 食料となるクルミなどの堅果類をもたらす森林資源、川や海の水産資源を背景に発展しました。 中でも、 縄文遺跡群は、
紀元前13,000年頃から紀元前400年頃にかけて、1万年以上にわたって農耕文化へと移行することなく、 狩猟・漁労・採集を基盤とした定住の開始から発展、
成熟に至るまでの過程と、そこで育まれた精緻で複雑な精神文化を具体的に示す稀有な資産です。
参照して下さい「北東アジアから見た縄文遺跡群」 copyrightが掛かっているので図も文も引用できません。
が、見事にまとめられた論文です。
➀大平山元遺跡の土器を取り上げて、日本で土器が発明されたという人がいるが、同時代の東アジアの土器出土遺跡の多いこと。
②9000~7000年前に勃興していた極東の新石器文化の多さ。
③7000~5000年前の文化地域の畑作文化と水稲文化、狩猟採集文化。
④5000~4000年前の文化地域の寒冷期の遺跡の縮小
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世界史の中の縄文時代
日本の歴史では、採集・漁労・ 狩猟を生業に定住が営まれた時期を 「縄文時代」 と呼んでいます。
移動生活を営んだ旧石器時代に続き、本格的な稲作農耕が始まる弥生時代の前に位置付けられています。
縄文時代は日本独特の時代区分であり、世界史では旧石器時代から新石器時代、青銅器時代の一部に相当します。 |
世界史の中の縄文時代 |
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※この時間の帯の中に、北海道の縄文時代の区分を書き込もうとしたのですが、
ある資料では、草創期3000年間、早期6000年間と表記されたり、出てくる資料でまちまちで
とても何が正しい最新情報なのかわからないため、取りやめました。
こんなに長く北海道縄文を扱ってきて、最後にこれでは、何がなんだか困惑しました。 |
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525
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保全と活用
かけがえのない文化遺産を守り、次の世代に継承するため、 適切な保全と公開・活用に取り組んでいます。
保全に向けた取組
4道県と関係14市町による共同体制を設置し、 包括的保存管理計画に基づいて取組を推進しています。
構成資産が所在する地方公共団体は、文化財保護法に基づき、適切に遺跡の保存・管理を実施しています。
また、構成資産が所在する市町では、景観法に基づく景観計画を策定し、構成資産周辺の景観・眺望 をコントロールしています。
このほか、経過観察(モニタリング)をはじめ、構成資産周辺で計画された開発事業による資産への影響を事前に評価する遺産影響評価を実施するなど、縄文遺跡群の価値に負の影響が及ばないよう
保全の取組を進めています。 |
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保全と活用 |
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活用に向けた取組
遺跡では、 来訪者が資産の価値を理解できるよう、 当時の景観を体感できる整備を進めています。
地域住民からなるガイドが遺跡の案内を行っているほか、スマートフォンによる音声ガイド、タブレット端末を通じて発掘調査や当時の生活を見ることができるガイドシステムによる情報提供も行われています。
また、土器や土偶、アクセサリーなど、 縄文時代の人々の知恵や技術に触れる体験プログラムをはじめ、縄文まつりやフォーラムの開催など普及啓発に取り組んでいます。 |
活用に向けた取組 来訪者に遺跡の価値を伝えるガイド
タブレット端末を用いたガイド |
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531北海道・北東北の縄文遺跡群
北海道・北東北の縄文遺跡群1
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大平山元遺跡

土器と石鏃 |
1 史跡 大平山元遺跡 青森県外ヶ浜町 Ia: 紀元前13,000年頃 (史跡年代: 紀元前13,000年頃)
旧石器時代の特徴をもつ石器群とともに、 土器と石鏃が出土しました。 土器の年代測定の 結果、紀元前13,000年頃のものであることが明らかとなり、北東アジア最古級のものです。
土器の出現は、 移動生活から定住生活へと移り変わったことを示し、定住開始期の様子を 伝える重要な遺跡です。
展示館
外ヶ浜町大平山元遺跡展示施設むーもん館
遺跡まで徒歩約5分
住所/〒030-1307 青森県東津軽郡外ヶ浜町字蟹田大平沢辺 34-3
電話/0174-22-2577
開館/9:00~16:00
休館/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、年末年始(12/29~1/4)
料金/無料 |
垣ノ島遺跡

副葬品の足形付土版と石器
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定時解説あり(4~10月)
9:00-17:00 (11~3月は16:00マデ)
2 史跡 垣ノ島遺跡 北海道函館市
Ib:紀元前5,000年頃 (史跡年代: 紀元前7,000年頃~紀元前1,000年頃)
太平洋をのぞむ段丘上に立地する集落跡。 竪穴建物からなる居住域、土坑墓からなる墓 域が形成され、日常と非日常の空間が分離したことを示す遺跡です。
墓域の出現は、集落に居住する人々の結びつきを強め、 祖先崇拝の形成にもつながった と考えられています。
展示館
函館市縄文文化交流センター
遺跡と隣接
住所/〒041-1613 北海道函館市臼尻町551-1
電話/0138-25-2030
開館/9:00-17:00 (11~3月16:30マデ)
休館/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、毎月最終金曜日、 年末年始(12/29~1/3)
料金/大人 300円 小学生~大学生 150円
施設ガイド/要予約 |
北黄金貝塚
 クジラの骨でできた刀 |
3 史跡 北黄金貝塚 北海道伊達市 ガイド/有料・要予約
Ia:紀元前5,000年頃~紀元前3,500年頃 (史跡年代: 紀元前5,000年頃~紀元前2,000年頃)
内浦湾をのぞむ丘陵上に立地する集落跡。 貝塚からは、貝殻、 魚骨、 動物の骨や角を加 工した道具が多数出土し、 海進 ・ 海退などの環境変化に適応した漁労を中心とした暮らし を伝えます。 低地にある水場遺構では、 意図的に壊された石皿やすり石などの石器が大量 に確認され、 廃棄に伴う祭祀・儀礼が行われていたと考えられています。
展示館
北黄金貝塚情報センター 遺跡と隣接
住所/〒059-0272 北海道伊達市北黄金町75
電話/0142-24-2122
開館/9:00~17:00
休館/冬期(12/1~3/31)
料金/無料 |
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533北海道・北東北の縄文遺跡群2
北海道・北東北の縄文遺跡群2 |
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田小屋野貝塚
ベンケイガイ製貝輪 |
ガイド/団体は要予約
遺跡ガイドは亀ヶ岡石器時代遺跡南側の縄文遺跡案内所に常駐(4~11月の土日祝日のみ)
4 史跡 田小屋野貝塚 青森県つがる市
Ia:紀元前4,000年頃~紀元前3,000年頃 (史跡年代 : 紀元前4,000年頃~紀元前2,000年頃)
海進期に形成された古十三湖に面した貝塚を伴う集落跡。 集落には、 竪穴建物、墓、貝塚、貯蔵穴など、多様な施設が配置されています。 貝塚からはヤマトシジミを主体に、クジラ・イルカの骨を加工した骨角器、ベンケイガイ製貝輪の未製品も多数出土し、内湾地域 における生業の様子を伝えます。
展示館
つがる市縄文住居展示資料館カルコ 遺跡まで 車で約20分
住所/〒038-3138 青森県つがる市木造若緑59-1
電話/0173-42-6490
開館/9:00-16:00
休館/月曜日(祝・休日の場合は翌日)、祝・休日の翌日、 年末年始(12/29~1/3)
料金/大人200円 高校・大学生 100円 小・中学生 50円
施設ガイド/団体のみ・要予約 |
二ツ森貝塚
 骨角製の装身具 |
遺跡ガイド/要予約
開錠/9:00-17:00 (冬期は公園閉鎖)
5 史跡 二ツ森貝塚 青森県七戸町
Ia:紀元前3,500年頃~紀元前3,000年頃 (史跡年代: 紀元前3,500年頃~紀元前2,000年頃)
太平洋に続く小川原湖に面した段丘上に立地する集落跡。 平坦部に竪穴建物からなる 居住域や貯蔵穴、 その周囲に貝塚や墓域が形成されています。 貝塚には、下層にハマグリ やマガキなどの海水性、上層にヤマトシジミなどの汽水性の貝殻が堆積し、海進・ 海退に よる環境変化に適応した人々の暮らしを伝えます。
展示館
二ツ森貝塚館 遺跡まで車で約3
住所/〒039-2752 青森県七戸町鉢森平181-26
☎/0176-68-2612
開館/10:00~16:00
休館/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、祝・休日の翌日、年末年始(12/27〜1/4)
料金/無料 |
三内丸山遺跡 土偶 |
遺跡ガイド/団体は要予約
三内丸山遺跡センター観覧料必要 センター休館時は見学不可
6 特別史跡 三内丸山遺跡 青森県青森市
Ib:紀元前3,000年頃~紀元前2,200年頃 (史跡年代 : 紀元前3,900年頃~紀元前2,200年頃)
陸奥湾をのぞむ段丘上に立地する大規模な拠点集落。 竪穴建物や大型竪穴建物、墓、 貯蔵穴、掘立柱建物、 捨て場や盛土などが配置されています。 膨大な量の土器や石器、 日 本最多の2,000点を超える土偶、祭祀遺物、多種多様な動物骨や魚骨、クリやクルミなど の堅果類なども出土し、 季節に応じて巧みに自然資源を利用していたことを伝えます。
展示館
三内丸山遺跡センター 遺跡と隣接
住/〒038-0031 青森県青森市三内字丸山305
☎/017-766-8282
開館/9:00~17:00(6~9月及びGWは18:00マデ)
休/第4月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、 年末年始(12/30~1/1)
¥/大人 410円、高校・大学生等 200円 |
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535北海道・北東北の縄文遺跡群3
北海道・北東北の縄文遺跡群3 |
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大船遺跡

すり石と石皿
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遺跡ガイド/定時解説あり(4~10月)
遺跡開錠/9:00-17:00(11~3月は16:00マデ) (休場12/29~1/3)
7 史跡 大船遺跡 北海道函館市
Ⅱb:紀元前2,500年頃~紀元前2,000年頃 (史跡年代: 紀元前3,500年頃~紀元前2,000年頃)
太平洋をのぞむ段丘上に立地する拠点集落。 深さ2mを超える竪穴建物や貯蔵穴、 墓、 盛土などが配置されています。 盛土には膨大な量の土器・石器、 焼土などが積み重なり、 長 期間にわたって祭祀・儀礼が行われていたことを示します。 クジラ、マグロなどの海獣骨や 魚骨、クリやクルミなどの堅果類も出土し、沿岸地域における生業と精神文化を伝えます。
展示館
函館市縄文文化交流センター 遺跡まで車で約10分
住/〒041-1613 北海道函館市臼尻町551-1
電話/0138-25-2030
開館/9:00~17:00(11~3月は16:30マデ)
休/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、 毎月最終金曜日、 年末年始(12/29~1/3)
¥/大人 300円 小学生~大学生 150円
施設ガイド/要予約 |
御所野遺跡

土器
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遺跡ガイドは5~10月の土日祝日は 事前予約不要。 その他の期間及び団体は要予約。
8 史跡 御所野遺跡岩手県一戸町
Ib:紀元前2,500年頃~紀元前2,000年頃 (史跡年代: 紀元前2,500年頃~紀元前2,000年頃)
馬淵川沿いの段丘上に立地する拠点集落。 東西に長い台地の中央に配石遺構を伴う墓域、 祭祀場である盛土が形成され、 その周囲に大型・中型・小型の竪穴建物が配置されています。
盛土からは、 大量の土器や石器とともに、焼けた動物骨や堅果類、 土偶などのまつりの道具 が出土し、火を用いた祭祀儀礼が繰り返し行われたことを伝えます。
展示館
御所野縄文博物館 遺跡と隣接
住/〒028-5316 岩手県二戸郡一戸町岩舘字御所野2
電話/0195-32-2652
開館/9:00-17:00
休/月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、 年末年始
¥/ (観覧料) 大人 300円、大学生 200円、小学生~高校生 無料 |
入江高砂貝塚
 銛頭 史跡公園貝層露出展示 |
貝層展示施設/9:00-17:00
9 史跡 入江・高砂貝塚(入江貝塚) 北海道 洞爺湖町
Ⅲa: 紀元前1,800年頃 (史跡年代: 紀元前3,500年頃~紀元前800年頃)
内浦湾をのぞむ段丘上にある貝塚を伴う集落跡。 貝塚からは貝殻 魚骨・海獣骨のほ か、動物の骨や角を加工した釣針や銛などが出土し、漁労を中心とした生業を示します。 墓域からは、幼い頃に筋萎縮症に罹患したとみられる成人人骨が見つかっており、 集落内 で手厚い介護を受けながら生きながらえたことを伝えます。
展示施設
入江・高砂貝塚館 遺跡まで徒歩約5分
住/〒049-5605 北海道虻田郡洞爺湖町高砂町44
☎/0142-76-5802
開館/9:00~17:00
休/月曜日(祝・休日の場合は翌日)、祝・休日の翌日、 冬期(12/1~3/31)
¥/大人150円、小学生~高校生 100円 |
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537北海道・北東北の縄文遺跡群4
北海道・北東北の縄文遺跡群4 |
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小牧野遺跡 三角形岩版 |
遺跡ガイド/要予約
冬期(11/16~4/30) は 遺跡閉鎖
10 史跡 小牧野遺跡 青森県青森市
Ⅲa: 紀元前2,000年頃 (史跡年代: 紀元前2,000年頃)
八甲田山西麓に広がる台地上に立地する祭祀遺跡。 環状列石は、 中央帯・内帯・外帯の 三重となり、その周りに一部四重となる列石もみられ、 全体で直径55mになります。 内帯 と外帯は楕円形の石を縦・横に配置して円環が形成されています。 環状列石やその周囲か ら土偶やミニチュア土器、 三角形岩版などのまつりの道具が出土しています。
展示館
青森市小牧野遺跡保護センター 遺跡まで車で約5分
縄文の学び舎・小牧野館
住/〒030-0152 青森県青森市大字野沢字沢部108-3
☎/017-757-8665
開館/9:00-17:00
休/年末年始(12/29~1/3)
¥/無料 |
伊勢堂岱遺跡 土偶 |
遺跡ガイド/要予約
遺跡開錠/9:00~17:00 (縄文館休館時及び 冬期(11月~4月下旬)は遺跡閉鎖)
11 史跡 伊勢堂岱遺跡 秋田県北秋田市
Ⅲa:紀元前2,000年頃~紀元前1,700年頃 (史跡年代: 紀元前2,000年頃~紀元前1,700年頃)
米代川近くの段丘上に立地する祭祀遺跡。 遠方の山並みが一望できる段丘北西端に4 つの環状列石が隣接して配置されています。 いずれも直径30m以上で、最大のものは直 径約45mです。環状列石の周囲からは、 土偶や動物形土製品、 鐸形土製品、 岩版、 三脚石 器、石剣などのまつりの道具が多数出土しています。
展示館
伊勢堂岱縄文館 遺跡と隣接
住/〒018-3454 秋田県北秋田市脇神字小ヶ田中田 100-1
☎/0186-84-8710
開館/9:00~17:00
休/月曜日(祝・休日の場合は翌日)、年末年始(12/29~1/3)
¥/無料
施設ガイド/要予約 |
大湯環状列石
土版 (表)(裏) |
遺跡ガイド/要予約
9:00~17:30(11月は~16:00 冬期(11月中旬~4月中旬) は遺跡閉鎖)
12 特別史跡 大湯環状列石 秋田県鹿角市
Ⅲa:紀元前2,000年頃~紀元前1,500年頃 (史跡年代: 紀元前2,000年頃~紀元前1,500年頃)
大湯川沿いの段丘上に立地する環状列石を主体とする祭祀遺跡。 万座と野中堂の2つ の環状列石は川原石を組み合わせた配石遺構によって二重の円環が形成され、それぞれ に「日時計状組石」が配置されています。 環状列石の周囲には掘立柱建物が同心円状に配 置され、 土偶や鐸形土製品、 石刀等などのまつりの道具が数多く出土しています。
展示館
大湯ストーンサークル館 遺跡と隣接
住/〒018-5421 秋田県鹿角市十和田大湯字万座45
☎/0186-37-3822
開館/9:00~18:00(11~3月は16:00マデ)
休/11~3月の月曜日(祝・休日の場合は翌日)、 年末年始(12/29~1/3)
¥/ (観覧料) 大人 320円、小学生~高校生 110円
施設ガイド/要予約 |
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539北海道・北東北の縄文遺跡群5
北海道・北東北の縄文遺跡群5 |
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キウス周堤墓群 石棒 |
遺跡ガイド/団体は要予約 案内所開館時間 9:00~17:00 (冬期は遺跡閉鎖)
13 史跡 キウス周堤墓群 北海道千歳市
Ⅲb:紀元前1,200年頃 (史跡年代: 紀元前1,200年頃)
石狩低地帯をのぞむ緩やかな斜面に立地する大規模な共同墓地。 周堤墓は、円形の竪 穴を掘り、掘った土を周囲に積み上げて構築され、 その内側に複数の墓が配置されていま す。 9基の周堤墓が群集し、最大のものは外径83mで、 高さ4.7mに達します。 この地域独 特の墓制であり、当時の高い精神性と社会の複雑化を伝えます。
展示館
千歳市埋蔵文化財センター 遺跡まで 車で約10分
住/〒066-0001 北海道千歳市長都42-1
☎/0123-24-4210
開館/9:00~17:00
休/土曜日、日曜日(第二日曜日は開室)、祝・休日、 年末年始(12/29~1/3)
¥/無料
施設ガイド/団体のみ・要問合せ |
大森勝山遺跡 円盤状石製品 |
14 史跡 大森勝山遺跡 青森県弘前市
Ⅲb:紀元前1,000年頃 (史跡年代: 紀元前1,000年頃)
岩木山麓の丘陵上に立地する大規模な環状列石を伴う祭祀遺跡。 環状列石は、盛土し た円丘の縁辺部に77基の組石を配置して円環を築いています。 環状列石及びその周辺か らは、まつりの道具と考えられる円盤状石製品が約250点出土しています。 環状列石の後 背には岩木山をのぞむことができ、 冬至の日には山頂に太陽が沈むとされます。
展示館
裾野地区体育文化交流センター 遺跡まで車で約10分
住/〒036-1202
青森県弘前市十面沢轡8-9
☎/0172-99-7072
開館/9:00~21:00
休/月曜日(祝・休日の場合は翌日)、年末年始(12/29~1/3)
¥/無料
文化財、世界遺産、展示の問合先/ 弘前市教育委員会文化財課0172-82-1642 |
入江・高砂遺跡 土偶 |
15 史跡 入江・高砂貝塚(高砂貝塚) 北海道洞爺湖町
Ⅲb:紀元前1,000年頃 (史跡年代: 紀元前3,500年頃~紀元前800年頃)
内浦湾をのぞむ低地に立地する共同墓地。 土坑墓と配石遺構からなる墓域、 貝塚が配 置されています。 土坑墓には、 土器や石器、 石製品などの副葬品をともない、ベンガラが散 布されています。 このほか、 抜歯の痕跡が認められる人骨や胎児骨を伴う妊産婦の人骨な ども確認され、当時の葬送の様子を伝えます。
展示館
入江・高砂貝塚館 遺跡まで徒歩約5分
住/〒049-5605 北海道虻田郡洞爺湖町高砂町44
☎/0142-76-5802
開館/9:00~17:00
休/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、祝・休日の翌日、 冬期(12/1~3/31)
¥/大人150円、小学生~高校生 100円 |
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541北海道・北東北の縄文遺跡群6
北海道・北東北の縄文遺跡群6 |
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亀ヶ岡石器時代遺跡
玉類 |
遺跡ガイド/団体は要予約
遺跡ガイドは遺跡南側の縄文遺跡案内所に常駐(4~11月の土日祝日のみ)
16 史跡 亀ヶ岡石器時代遺跡 青森県つがる市
Ⅲb:紀元前1,000年頃~紀元前400年頃 (史跡年代: 紀元前1,000年頃~紀元前400年頃)
海進期に形成された内湾である古十三湖に面した大規模な共同墓地。台地上に多数の 墓があり、その周囲の低湿地には捨て場が形成され、漆塗り土器や籃胎漆器、 玉類などが 多数出土しています。 なかでも大型土偶 (国指定重要文化財) は、 その眼部の表現が「遮光 器土偶」の名称の起こりとなったことで知られています。
展示館
つがる市木造亀ヶ岡考古資料室 遺跡まで 車で約5分
住/〒038-3283 青森県つがる市木造館岡屏風山195
☎/0173-45-3450
開館/9:00~16:00
休/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、祝・休日の翌日、 年末年始(12/29~1/3)
¥/大人200円 高校・大学生 100円 小・中学生50円
施設ガイド/団体のみ・要予約 |
是川石器時代遺跡

土器 |
整備のため 遺跡閉鎖中
017 史跡 是川石器時代遺跡 青森県 八戸市
Ⅲb:紀元前1,000年頃~紀元前400年頃 (史跡年代: 紀元前4,000年頃~紀元前400年頃)
中居、一王寺、 堀田の3つの遺跡から構成されています。 なかでも、 中居遺跡からは、 精 巧な土器や土偶、 漆が塗られた弓や櫛、 腕輪などの漆製品が多数出土し、 高い精神性と優 れた工芸技術を知ることができます。 狩猟具や漁労具、 堅果類、魚骨のほか、貯木や堅果 類の加工を行ったと推定される水場も確認され、 当時の生業の様子を伝えます。
八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館 遺跡まで 徒歩約5分
住/〒031-0023 青森県八戸市是川字横山1
☎/0178-38-9511
開館/9:00~17:00
休/月曜日 (祝・休日の場合は翌日)、
祝・休日の翌日(土曜日・日曜日、祝日の場合は開館)、 年末年始(12/27〜1/4)
¥/(観覧料) 大人250円 高校・大学生 150円 小・中学生50円
施設ガイド/要予約 |
長七谷地貝塚 骨角製漁労具 |
A(関連資産)史跡 長七谷地貝塚 青森県八戸市
Ib:紀元前6,000年頃 (史跡年代 : 紀元前6,000年頃)
海進期に形成された古奥入瀬湾 の沿岸に立地する集落遺跡。 貝塚 からは、暖かい場所に棲息するハマ グリをはじめ、多量の貝殻や魚骨、 動物の角や骨を加工した釣針や銛 頭などが出土し、活発に漁労が行 われていたことを伝えます。
展示館
八戸市博物館 遺跡まで車で約25
住/〒039-1166 青森県八戸市根城字東構35-1
☎/0178-44-8111@/9:00~17:00
休/月曜日(祝・休日の場合は翌日)、祝・休 日の翌日(土曜日・日曜日、祝日の場合 は開館)、年末年始(12/27~1/4)
¥/ (観覧料) 大人 250円 高校・大学生 150円 小・中学生50円 |
鷲ノ木遺跡 祈りとまつり の道具 |
遺跡ガイド/団体のみ・要相談
開錠/見学会開 催時のみ
B(関連資産)史跡 鷲ノ木遺跡 北海道森町
Ⅲa:紀元前2,000年頃 (史跡年代: 紀元前2,000年頃)
北海道最大規模の環状列石を伴う祭祀遺跡。 環状列石は、楕円形の配石を中心に円環状の列石が二重に巡り、
直径約37mのほぼ円形です。周辺には竪穴墓域や配石遺構などもあり、当時の精神文化を伝えます。
展示館
森町遺跡発掘調査事務所 遺跡まで車で約15分
住/〒049-2313 北海道茅部郡森町字森川町292-24
☎/01374-3-2240
開館/9:00~16:00
休/土曜日、日曜日、祝・休日、 年末年始(12/30~1/5)
¥/無料 |
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| 545アクセスマップ
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